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Sandfish Records Diary

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Japanese Folk Night

 昨日にひきつづきポール・マッカートニーの『Wings At The Speed Of Sound』を聴いている。大充実期のポールだけに、さすがにいい曲ばかりを書いて歌っている。で、大充実期の余裕からか、半分くらいの曲を他のメンバーに書かせて歌わせてたりもする。それらがけっして悪いとは思わないけれど(悪いのもあるけれど)、ポールの曲があまりに充実してるもんで、「どうせなら全部ポールの曲にして、全部ポールが歌えばいいのに」と思わないでもない。でもま、ジョンの『Double Fantasy』よりはましかと。あれも大充実期のジョンだけに、ぜひともジョンだけの曲でまとめていただきたかった。直後の悲劇を思うと、強く強くそう思ってしまう。えっと、個人的な見解です。他意はありません。ましてや悪意なんて…。誤解されちゃ困ります。

 さて、昨夜は、いつもお世話になっている藤沢のミュージック・マスター=浅見卓也氏がレコードをまわすというので、『Bar Cane's』の「ジャパニーズ・フォーク・ナイト」へ。かなりエンもユカリもないあたりの音楽ということもあり、ちんぷんかんぷんというか、誰が何を歌ってるかなんてまったくわかりませんえん状態だったけれど、あの時代の日本のフォーク・シーンにあったであろう一種独特な空気みたいなものは、しっかりと伝わってきたのだった。サプライズは高石友也で、バリー・マクガイアの「明日なき世界」に日本語歌詞をつけて歌ってるんだけど、これがRCサクセションのものとほぼ同じだった。つまり『カバーズ』でのあれは清志郎がつけた歌詞ではなく、高石友也のカヴァーだったのかぁということを初めて知ったわけで、それまで絶対に清志郎が書いたのだと信じて疑わなかった僕としては、かなりびっくりしたというか、ちょっとがっがりしたというか…。ま、なんであれ、真実を知れたのはいいことだと思う。こうして夢から覚めていくのも、きっと大事なことなのだろう。

 なんてこと書いてるうちポールが終わったので、次はボブ・ディランの初期のレコードを聴くことにしよう。昨夜の「バー・ケインズ」で流れていた、高石友也や友部正人や岡林信康や高田渡に多大な影響を与えた初期のボブ・ディランの歌を。あの当時の日本のフォーク・シーンでは、ディランの曲に日本語の歌詞をつけて歌うことは、ひとつの大きなテーマだったのかもしれない。そして、それはあの時代においてそれなりの意味をもち、機能していたのだろう。でも、もし僕が同じ時代を共に過ごしたとしても、きっと夢中にはならなかったと思う。想像しかできないけれど、そんな気がする。

 10代の最初の段階で、僕はなぜ英語の歌ばかり聴くようになったのだろう? 考えてみれば、不思議なものだ。きっと心がたくさんの憧れで溢れかえっていたんだとは思う。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2009-10-29 09:46 | diary | Comments(0)
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