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Sandfish Records Diary

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初秋

9月になると今も想い出すのは、
ローソンの裏、手すりが赤く寂びた階段を降りたところにある、
小さなくぼみのことだ。

夏休みの間、夜になると、
友達がふたり、普段よりも派手なシャツを着て、
「蛍を見に行こうよ」と誘いに来た。
もちろん、蛍なんかどこにもいやしないのだが、
僕も「蛍、蛍」とか、わざとらしく言ったりして、
母親の不機嫌そうな視線を余所に、
彼らと一緒に出かけたものだった。

くぼみに着くと、仲間が数人、
僕らのことを待っていた。
夏の夜に、気の合う友達と秘かに集まるのは、
なんだか、少し悪いことをしてるような、
ちょっぴり大人になったような、
ささやかながら、
そんな胸躍るスリルがあった。

僕はこんな時間が、
これからもずっとつづいていくと思っていた。
僕らは、なにも盗まない盗賊団であり、
楽器を持たないロック・バンドであり、
最初からいやしない蛍を眺めにきた、
ちょっとおかしな子供達だった。

しかし、9月になり学校が始まると、
まるで線をひいたように、
くぼみには誰も来なくなった。
僕は、自分だけがそこに取り残されたみたいに感じていた。
くぼみには、まだ夏の夜特有の、
あのまとわりつくような熱が残っていた。
変わったのは、ただ、
そこに誰もいなくなったことだけだった。

それでも僕は、
待っていれば誰か来るんじゃないかと思い、
しばらくの間、そこに身を潜めていた。
風が吹いてはとまり、また吹いた。
小さな子供がスコップで砂を掘り、
バケツへと運ぶみたいに、
風は、あのまとわりつくような熱を、
くぼみから、少しつづ奪い取っていった。

足元でなにかがカサカサと音をたてた。
それがなんだったのかは、暗くてわからなかったけど、
すっきりとした、乾いた音だった。
その音に共鳴するように、
僕の心もまた、カサカサと乾いた音が鳴らした。

僕は、つい数日前の、夏の夜のことを思い返してみた。
ささやかれた秘密や、叫ばれた主張や、
たくさんの冗談や、笑い声のことを。
ふと顔を上げれば、それらは中空にぽっかりと浮かんで、
手を伸ばせば届きそうな気がした。

空ではきれいな三日月が、
ほんのりとした光を放っていた。
いつもよりも闇が深く感じられ、
星の数も減っているような気がした。
好きなビートルズの歌を口ずさんでみたが、
うまく歌詞を思い出せなかった。

風が吹いてはとまり、また吹いた。
足元でなにかがカサカサと音をたてた。
耳をさわると、ひんやりとした感触が
指先に伝わってきた。

不意に声をかけられて、僕ははっとした。
振り返ると、いつも僕を誘いに来ていた友達がふたり、
黒地のハードロックTシャツを着て、
赤く錆びた階段の手すりにもたれて立っていた。
「なにしてんの?」
「うん、誰かいるかなと思ってさ」
ふたりは階段を降りて歩いてきた。
そして、くぼみの中に足をつっこみ、僕の隣に座った。
たった3人だったけど、
くぼみは、さっきより随分と賑やかになった気がした。
僕はふたりの横顔を見ながら、
こんな時間がずっとつづいていけばいいのにと思った。
でも、あのとき僕は気づいてもいた。
風がなにかを運び、なにかを奪っていったことを。
夏が去り、秋がやってきたのだということを。
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by sandfish2007 | 2010-11-07 17:17 | diary | Comments(0)
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