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Sandfish Records Diary

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London Calling

 今朝も音楽を聴きながら近所をうろついた。このMP3プレーヤーに何を入れてあるのか、僕はすっかり忘れている。歩きはじめてからスイッチを押すと、チープ・トリックの『at 武道館』が流れてきた。女の子達(当時)の黄色い歓声がすごい。それが終わるとクラッシュの『ロンドン・コーリング』が始まった。うーんと、どっちも「C」から始まるバンドだから揃えたのかな(そんなわけない)。海と川の間にある住宅地。おじさんが庭で水まきをしている。子供達は登校中。僕はちょっと悪い顔をして“London Calling”を口ずさむ。それぞれにそれぞれの朝。

 僕が初めてクラッシュを知ったのは、多分「ロック・ザ・カスバ」のビデオでだと思う。中学生だった僕には、よくわかんなかった。友達がこの曲をダサいと馬鹿にしたことで、やっぱりくだらない曲なんだというレッテルが貼られた。この曲が収録されたのは『コンバット・ロック』というアルバムだった。戦争好きなバンドだと勘違いした。クラッシュというバンド名もベタで好きになれなかった。思えば、パンク・バンドの名前はみんな好きじゃなかった。セックス・ピストルズは、あからさまに狙ってる感じがして陳腐に思えた。バズコックスはロボットみたいだと思ったし、ジャムは美味そうだった。でも、『ロンドン・コーリング』のジャケットはかっこいいと思った。エルヴィスのファーストを模してることは明らかで、それはエルヴィスのファンだった僕には嬉しいことだった。それ以外で、僕がクラッシュに興味を惹かれることは、10代を通してなかった。

 この業界で働きはじめて間もない頃、販促品の『ロンドン・コーリング』Tシャツをもらった。僕にはサイズが大きすぎたのであまり着なかったけど、搬入などの汚れそうな作業のときに着た。それを見た先輩に「いい曲が詰まったアルバムの代表だな」と言われた。「へぇー、そうなんですか?聴いたことないんですよ」と答えたら、「聴いたこともないのに着てるのかよ」と言われた。

 そんな僕が『ロンドン・コーリング』を聴いたのは、2002年11月だった。なんでそんなことを覚えているかというと、その1ヶ月後にジョー・ストラマーが亡くなったからだ。とある人の家にレコードを買い取りに出かけたときのこと、「もし欲しかったら持ってってください」とダビングされたカセット・テープがどっさり入った箱を差し出された。「引っ越すからなにかと処分しないといけなくて。今さらカセットもないんですけどね」とその人は言った。その中に『ロンドン・コーリング』があった。僕はそれだけをもらって帰った。初めて聴く『ロンドン・コーリング』は、それは素晴らしかった。激しい熱を含んだ猥雑なルーツ・ロック・アルバムだった。それから1ヶ月、僕はどんなレコードよりもたくさん、この『ロンドン・コーリング』のカセット・テープを繰り返し聴いた。熱っぽさの中に豊潤な深みがあり、いくら聴いても飽きなかった。そんなときに、ジョーがこの世を去った。僕はなんだか不思議な気分だった。

 数年後、友人から『ロンドン・コーリング』のCDをもらった。今ではCDで『ロンドン・コーリング』を聴いている。今朝はMP3プレーヤーで聴いた。そのうちアナログ・レコードで聴いてみたいなぁと思っている。でも、なにで聴いたって『ロンドン・コーリング』は『ロンドン・コーリング』だ。いつだって勇気と誇りに満ちた響きで僕の心を満たしてくれる。ちなみに、販促品でもらったTシャツは、細かく切り刻んで自転車を磨くの使ったのを覚えている。やっぱり僕にはサイズが大きすぎたのだろう。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2011-06-16 10:04 | diary | Comments(0)
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