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Sandfish Records Diary

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スクール・デイズ その3

<Gary U.S. Bonds“SCHOOL IS IN”>

明日から学校が始まる。
夏休みなんてあっという間だ。
宿題はもちろん終わっていない。
そのことで、さっき親には小言を言われたばかりだ。
明日は、先生がなにか言ってくるだろう。
でも、そんなことは少しも気にならない。

空が薄暗くなりはじめた頃、
僕は自転車に乗って家を出た。
蓮池の横を抜け、夏草が茂った埃っぽい道をしばらく走ると、
赤茶けた小さな鳥居が見えてきた。
僕はそこに自転車を止め、鳥居をくぐって石段を登り、
一番上の段に腰をおろした。
蝉の鳴き声が僕を包み込んだ。
まだ夏なんだなと思うと、なんだか嬉しかった。

初めて彼女とふたりで出かけた日、
僕らはここで待ち合わせをした。
長い髪に淡いグリーンのワンピース。
思わず立ちすくんでしまうほど、
とてもよく似合っていた。
あの日、夕立に降られた後、
僕らは電車に乗り、この鳥居まで一緒に帰ってきた。
僕は家まで送ると言ったが、彼女はその申し出を断った。
悪いから。ひとりで大丈夫だから。
ほんとはまだ言いたいことがあったのだけど、
仕方がなく、僕はここで彼女と別れた。
曲がり角まで歩いてから振り返ると、
彼女はまだ同じ場所に立ったまま、
僕に手をふりつづけていた。

あの日も同じように蝉の鳴き声が聞こえ、
今と同じ風が吹いていた。
僕はすくっと立ち上がり、
彼女の家がある方向に目をこらした。
でも、当然のことながら、
そこに人影を見つけることはできなかった。
一体なぜ僕はここに来たのだろう?
彼女がいるはずもないのは、わかっているのに。
それなのに、僕はじっとしていられなくて、
自転車をこいで、ついここに来てしまったのだ。
僕は心の中に散らばった、
この愛だとも恋だともつかない気持ちをかき集め、
パズルのように組み立てようと試みた。
でも、そのために必要なピースは
まだ大分欠けているようだった。

夏草をちぎって噛んだ。
その苦みが、僕を少しだけ現実に引き戻した。
いつしか蝉の声は途絶え、風だけが静かに吹いていた。
太陽は山の端に沈み、
空はきれいな夕焼けに染まっていた。

明日になれば、彼女は制服を着て学校に来るだろう。
何事もなかったかのように。いつも通りに。
でも、僕は知っている。
夏の光の中、グリーンのワンピースを着て、
頬にかかった長い髪をはらうこともせずに、
僕を待っていてくれた彼女の姿を。
あれは嘘じゃなかった。幻なんかじゃなかった。
だから、僕はきっと間違っていない。
確信している。
この夏は、僕に特別なものをくれたのだ。

<The Beach Boys “ALL SUMMER LONG”>

(2011.8.20 "Voices Inside"「スクールデイズ:青春編・夏」@Bar Cane'sにて朗読)
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by sandfish2007 | 2011-08-23 08:25 | diary | Comments(0)
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