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Sandfish Records Diary

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ハレルヤ

2年前の夜、
寒さもひとしおだった2月のおわり、
僕らはこの店に集まり、
みんなでカナダに想いを馳せた。
そんなことをやろうと言い出したのは、
ひとりの職業作曲家だった。
いや、正確に言うと元・職業作曲家だが、
彼が今も変わらず作曲家であることは、
疑いようもない。

僕の記憶によれば、
あの夜、彼は自作の曲を演奏していない。
その代わりに、
とあるカナダのソングライターの曲を取りあげ、
印象的な演奏を披露してみせたのだ。
それはレナード・コーエンの「ハレルヤ」という歌で、
こんな風だった。

秘密のコードを聴いた
4度の和音 5度の和音
マイナーに落として、メジャーに戻る
困惑した王様が作った歌
それが「ハレルヤ」 
ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ

この瞬間がハイライトだったことは間違いない。
無伴奏で歌われたジョニ・ミッチェルの「ボース・サイズ・ナウ」の後に、
間をおかずに演奏された、
秘密コードをもつ、
聖なるものかも、壊れているのかもわからない、
魅惑の「ハレルヤ」

作曲家のことは、以前から知っていた。
というのも、この界隈の音楽仲間の間で、
彼はちょっとした有名人だったから。
知り合ったのは随分前のことだ。
でも、気軽に話ができるようになったのは、
あの「ハレルヤ」を聴いた夜より、
ほんの少し前からだったような気がする。

話してみると、彼は僕が思っていたよりも、
ずっと親しみやすい人間だった。
あまり他人とはコミットしない人だと、
勝手に思い込んでいたのだ。
知り合うにつれ僕は、自分とその作曲家との間に、
いくつかの共通点を見つけるようになった。
うまくは言えないのだが、例えば、
雪が降った日には、どこへも出かけず、
部屋でコーヒーでも飲みながら、
ブルース・コバーンのレコードを聴いていたいよね
…といったようなことだ。
舞い散る雪を見て、
咄嗟にこんなことを考える人を身近で見つけるのは、
なかなか難しい。
やけにアナログ・レコードが好きなところもよかったし、
あまり陽の当たらない音楽に
つい肩入れしがちなところも似ていた。
そしてなにより、僕らは揃って、
40過ぎの独身男だった。
歳は作曲家の方がいくつか上だが、
小柄で細身の彼は、若々しく、
歳の差をあまり感じさせなかった。
そんなわけで、僕らが親しくなるのに、
さほど時間はかからなかった。

しかし、今となってはそれも昔のこと。
作曲家は、もう独身男ではない。
そう、彼は結婚したのだ。

あの「ハレルヤ」が演奏された夜、
顔見知りだらけの客席の中に、
茅ヶ崎から来たひとりの見知らぬ女性がいた。
まだ若く、見るからに繊細そうだった。
しかし、この店にやってくるのだから、
おそらく、若過ぎるという年かさではないのだろう。
そう、彼女は大人の女だったのだ。

ふたりがどのようにして親しくなり、
どんな風に事が運び、
歳の差のハードルを乗り越えて、
こんにちを迎えたのかを、僕はよく知らない。
昔から僕の耳は、そういった情報に疎くできているのだ。
でも、きっかけなら知っている。
みんなでこの店に集まり、カナダに想いを馳せた夜のことだ。
歌を歌い、楽器を演奏し、
詩を朗読し、お酒を飲んで、笑った夜のことだ。
そして、あの魅惑の「ハレルヤ」は、
こんな風に演奏されたのだ。

たった今、秘密のコードを聴いた
4度の和音 5度の和音
マイナーに落として、メジャーに戻る
困惑した王様が作った神への讃歌
それが「ハレルヤ」 
ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ

今宵、喜びと祝福の気持ちを込めて、
ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ

(2012.3.4 「Potluck Special Night」@Bar Cane'sにて朗読)
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by sandfish2007 | 2012-03-05 11:05 | diary | Comments(0)
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