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Sandfish Records Diary

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We Take Care of Our Own

 目はどこにある、見ようとしてる目は
 慈悲に溢れた心はどこにある
 僕を見捨てなかった愛はどこにある
 この手と魂を解放してくれる仕事はどこにある
 僕を支配しうるはずの精神はどこにある
 海から輝ける海へという、あの約束はどこへいった
 海から輝ける海へという、あの約束はどこへいった

 どこで旗がはためいていようと
 どこで旗がはためいていようと
 どこで旗がはためいていようと
 僕らは自分達で支え合う
 僕らは自分達で支え合う
 旗がどこではためいていようと
 僕らは自分達で支え合う

 これは意図的な叱咤の歌だ。素晴らしい新作『レッキング・ボール』のオープニング・ナンバーである“We Take Care of Our Own”において、ブルース・スプリングスティーンは聴く者の心に波風を立てようとしている。僕は詳しくないのだけど、繰り返し歌われる「we take care of our own」という言い回しは、アメリカでは様々な解釈をされがちなフレーズらしい。ここでは「僕らは自分達で支え合う」と訳しているけれど、もっと直訳すれば「自分の面倒は自分でみる」となる。つまり、「貧しい人達は自分で自分の面倒をみれてないだけだ」という逆接的な見方にも繋がっていくのだという。また「wherever this flag's flown(どこで旗がはためいていようと)」というフレーズも、短絡的な愛国歌のイメージを換気しかねない。かつて、“Born in the U.S.A.”でひどい誤解のされ方をしたスプリングスティーンが、そうしたフレーズをタイトルにし、サビで繰り返し歌うことで、再び誤解の矢面に立たされる危険性があることは、本人も十分理解していたと思う。しかし、今回はむしろスプリングスティーン自身がそこを逆に利用したような向きさえ感じられる。実際、この曲は発表と同時にアメリカでは物議を醸し、ポップ・ソングという枠を超えニュースとして取り扱われた。曲調はアルバムの中で最もロック的であり、近年のスプリングスティーンらしいメロディをもったものだ。そうした親しみやすさも、人の興味を惹きつけるには必要だったのかもしれない。そして、具体的な事例として歌われているのは、ニューオーリンズを襲ったカトリーナの悲劇と、その後の支援を満足に行わなかった政府の失策だ。

 シカゴからニューオーリンズまで
 筋肉から骨まで
 掘っ建て小屋からスーパードームまで
 誰もなにもしてくれなかった
 騎兵隊は出動しなかった
 誰もラッパの音を聴かなかった

 僕らは自分達で支え合う
 僕らは自分達で支え合う
 旗がどこではためいていようと
 僕らは自分達で支え合う

 スプリングスティーンは、これまでも自分の信条を秀逸な物語に昇華し、表現してきた。しかし、ここまではっきりと言い切るようにして歌うことは、むしろ珍しい。この曲から伝わってくるのは、強い決意、覚悟、誤解を恐れない勇気だ。アルバムのオープニングで、スプリングスティーンは僕らの正面に立ち、投げかけている。今のままでいいのかと問いかけている。その問いに対する彼の答えは、アルバムが進むにつれ大きな川となり、徐々に明確になっていく。そして、この「we take care of our own」というフレーズの本当の意味へと立ち返っていくことになる。いわばこの歌は招待状であり、ひとつの答えでもあるのだ。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2012-03-24 07:39 | diary | Comments(0)
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