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Sandfish Records Diary

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Death to My Hometown

 そうさ、大砲の弾が飛び交ったわけじゃない
 ライフルが俺たちを打ち倒したわけじゃない
 空から爆弾を落ちてきたわけじゃない
 血が大地を覆ったわけじゃない 
 炸裂した火薬に目がくらんだわけじゃない
 恐ろしい轟音が響き渡ったわけじゃない
 でも、まるで神の手の仕業のように、確実に、
 奴らは俺の故郷の町に死をもたらした
 奴らは俺の故郷の町に死をもたらした

 ブルース・スプリングスティーン『レッキング・ボール』の5曲目“Death to My Hometown”は、巨大なシステムとそれに組みする者への怒りに満ち満ちている。表だってなにかが起きたわけじゃない。銃を突きつけられたわけじゃないし、刃物で切りつけられたわけでもない。しかし、奴らは確かにやってきたのだ。まるで何ひとつ悪いことなどしていないような顔をして、こちらに反撃のチャンスも与えぬまま、獲物を確実に死へと追いやる獣ように、冷酷な目をもって、狡猾に、用意周到に、奴らはこの町にやって来たのだ。表だってなにかが起きたわけじゃない。闇が大きすぎて誰が悪いのかも、正直なところ、はっきりしない。でも、致命傷だったのは間違いない。目の前に広がる景色を見れば、それは明らかなこと。故郷の町は死んでしまったのだ。

 奴らは俺たちの家庭、工場を破壊し、
 俺たちの家を奪った
 奴らは俺たちの体だけをこの荒野に取り残し、
 禿鷲たちに俺たちの骨を突つかせた

 歌が、1年前からつづくこの国の現実と重なり、激しく共鳴しているのを感じる。力強いバスドラムが、イントロから響く。サンプリングされた賑やかな合唱、手拍子、ティン・ホイッスルの音色が、挫けそうな心を奮い立たせる。アイリッシュ・ミュージックの持つ悲しくも勇ましい調べが、目を背けようとする者を叱咤する。怒りは頂点に達し、気持ちを押さえることができない。大きな声をあげずにはいられなくなる。

 だから、よく聞いてくれ、若いの
 奴らが来るのに備えるんだ
 朝には必ず陽が昇るのと同じように、
 奴らはまたやって来るはずだ
 今こそ自分で歌うべき歌を手に入れ
 最後まで歌いつづけるんだ
 激しく歌うんだ、高らかに歌うんだ
 悪徳資本家をまっすぐ地獄へ送ってやるんだ
 欲深い盗人達はやって来ては
 目についたすべての肉を喰らい尽くす
 なのに、奴らは罪に問われることもないまま
 今も自由に通りを歩いている

 スプリングスティーンが、これほど直接的に怒りをぶつけることは本当に珍しい。この歌を、彼が誰に向かって歌っているかははっきりしている。僕は思うのだけど、人の心に寄り添うということは、時に激しい痛みを彼らに代って吐き出すことでもあるのだ。当事者とは違う立場から、強い意識と意図をもって、それを直接的な怒りとして叩きつけるのだ。そこにリスクが生まれる。初めてリスクを共有することになる。そうした激しさがなければ、擬似的なリアリティさえ生まれない。残念ながら、生まれないと思うのだ。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2012-03-29 17:59 | diary | Comments(0)
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