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Sandfish Records Diary

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バックドア・マン

僕はバックドア・マン。
僕の存在に気づく者は誰もいない。
でも、存在はしている。
そのことに意味があるかどうかなど問題じゃない。
僕は今ここにいる。
それが真理だ。

バックドア・マンの1日は夕方から始まる。
家の裏口から出て、
5分ほど歩いたところにある
公園のベンチに腰をかける。
そしてコートのポケットに入れておいた
缶コーヒーを時間をかけて飲む。
すべてのバックドア・マンが
例外なく行う無感動な儀式のようなものだ。
そして、コーヒーを飲み終えると、
ベンチから立ち上がり、
無数に散らばった悲しみを拾い集める。
蒼い悲しみや、ささくれた憂いなどをだ。
それが僕らの唯一の仕事なのだ。

その日も僕は夕方に家の裏口を出て、
いつもの公園へと出かけた。
ベンチで缶コーヒーを飲み終え、
立ち上がろうとしたとき、
ひとりの少女が声をかけてきた。
「あなた、バックドア・マンでしょ?」
不意をつかれた僕は、慌ててしまい、
手に持っていた缶コーヒーを落とした。
バックドア・マンが誰かに声をかけられるなんて、
まったく、あり得ないことなのだ。
少女は僕のことをじっと見つめていた。
深い色の瞳をもった少女だった。
「いかにも。バックドア・マンですよ」
僕がそう答えると、
少女はその印象的な瞳を大きく見開いた。
彼女の安堵が僕に伝わってきた。
僕はますます混乱した。
なぜなら、バックドア・マンを見て安堵するなんて、
まったく、あり得ないことだからだ。

僕はどうしたらよいのかわからず、
もう一度ベンチに座り直した。
少女は僕の隣に腰を下し、話しはじめた。
「お父さんがいなくなる前に言ってたの。
バックドア・マンをさがしなさいって。
公園のベンチにいるはずだからって」
僕にはその意味がわからず、少女に訊ねた。
「どうしてお父さんはそんなことを言ったのだろう?」
少女は小さく首を傾げると、
「よくわからないの」と言った。
そして、すぐにこうつづけた。
「でも、ちゃんと会えたわ。
これからはずっと一緒にいてくれるでしょ?」
僕は手に持った缶コーヒーを、もう一度落とすことになった。
なにを言い出すのだろう。
そんなことできるわけない。
僕はバックドア・マンだ。
バックドア・マンにはバックドア・マンとしての、
やるべきこともあれば、
やるべきでないこともある。
バックドア・マンが誰かと一緒にいるなんて、
しかも、それが幼い少女だなんて、
まったく、あり得ないことなのだ。

夕焼けは少しづつその輝きを失い、
もう少しで夜の帳がおりようとしていた。
少女と僕は、まるでつがいのように、
ベンチに並んで座っていた。
もう今日は帰るしかなさそうだった。
蒼い悲しみや、ささくれた憂いは、
また明日拾い集めにこよう。
小さな風が吹いて、足もとの枯れ葉を舞い上がらせた。
ふわりと浮いたまま数メートル移動し、
薄闇の中へと消えていった。
「申し訳ないんだけど」
僕は正面を見据えたまま口を開いた。
「君と一緒にいることはできないんだよ。
昔からの決まりというか、
僕にはどうすることもできないことなんだ。
わかるよね?
もう行かなくちゃ。
君も気をつけて帰るんだよ」。
僕はそう言ってから少女のことを見た。
彼女は明らかにショックを受けていた。
瞳の色がみるみるうちに変化していくのを、
僕ははっきりと見てとることができた。
そこに映っていたのは悲しみだった。
それも、これまでに見たことがないほどの、
深い深い悲しみだった。
少女の中で、今この瞬間、
なにかが終わりを迎えたことを、僕は悟った。
僕は、彼女の足元に散らばった
無数の悲しみのカケラ達を拾い集め、
コートのポケットにしまった。
顔を上げたときには、もう少女の姿はなかった。
夜の闇の中で、何かがうごめいた気はしたけど、
それも定かではない。
どうせ風のいたずらだ。
きっとそうに違いない。

僕はバックドア・マン。
僕の存在に気づく者は誰もいない。
でも、たまには例外もある。
あのとき、僕は残酷だったのか?
わからない。
ただ、ひとつ言えることは、
突き詰めてしまえば、どんな真理も味気ないということだ。
少女は去り、僕は残された。
ただそれだけのことなのだ。

(2013.1.27 「Festa Del Sol Vol.3」@太陽ぬ荘スタジオにて朗読)
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by sandfish2007 | 2013-01-29 06:45 | diary | Comments(0)
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