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Sandfish Records Diary

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12年目のジョージの日

 今日は敬愛するジョージ・ハリスンの12年目の命日。今年はリンゴとポールが日本にやって来た特別な年だけに、いつもとは少し違った心持ちでこの日を迎えている。

 ジョージがエリック・クラプトンと一緒に日本にやって来たのは、1991年12月のことだった。前々年にリンゴが、前年にポールが日本にやって来て、最後がジョージだった。当時、リンゴが単独でツアーに出るなど想像もつかなかったし、ツアー嫌いで知られジョージがその気になるとは到底思えず、ポールにいたっては1980年の大麻不法所持の前歴から日本には入れないと誰もが思っていた。だから、3年連続で元ビートルズの日本公演が実現したことは、僕らファンにとってみれば、奇跡に近いような出来事だった。大袈裟になんか言ってない。本当にそんな気持ちだったのだ。

 その後もリンゴとポールはコンスタントにツアーを行い、何度か日本にも来てくれた。しかし、ジョージがツアーに出たのは、あのとき1回だけだ。しかも、本国での2公演を除けば、日本だけで実現したツアーだった。アメリカやヨーロッパではなく、日本だけで12回のライヴ。クラプトンの勧めがあってのこととはいえ、よくもまぁ実現したものだ。日本のジョージ・ファンは本当に幸運だったと思う。

 あのときのことは、今でも鮮明に覚えている。暗転した会場にオープニング・ナンバーである「アイ・ウォント・トゥ・テル・ユー」のイントロが流れてきた瞬間、本当に身震いがした。ジョージとエリックが交互にソロをとると、その都度会場が大きくざわめいた。そして、ライヴ本編のラストが「イズント・イット・ア・ピティ」。あれは本当に感動的だった。

 そんな夢のような体験から20年後、ジョージはこの世を去った。そのときエリック・クラプトンはツアーで日本に来ていた。エンディング・ナンバーの「オーヴァー・ザ・レインボウ」で、一筋のライトがクラプトンを照らした。まるで天国からの光に思えた。ジョージの魂が昇っていくように感じて、涙が止まらなかった。ライヴであんな風にぼろぼろと泣くなど、それまでなかった。あのときが最初で最後だ。

 あれから12年がたった。いろんなことがあったけど、今もジョージの音楽を愛しているし、毎年命日になるとこうしてジョージのことを偲んでいる。ほのかな淋しさを感じながら、たくさんの感謝を込めて。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2013-11-29 07:31 | diary | Comments(0)
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