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Sandfish Records Diary

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ジョン・レノンの33年目の命日に

 今日はジョン・レノンの命日。あれからもう33年がたつのに、世界中のたくさんの人達が当たり前のようにそのことを覚えていて、この日になると毎年のようにジョンの名前を口にする。それはやはり凄いことだ。どうしてジョン・レノンばかりが、こうも特別扱いされるのだろう?たまに不思議な気分にもなるけれど、ジョンが僕らに残してくれたものの大きさを思えば当然のことだ。

 昨夜は日付が変わる頃に『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティー』をターンテーブルにのせた。このジャケットには、当時現職だったニクソン大統領と毛沢東が裸踊りをしている合成写真が使われている。また、あの頃不当に投獄されていたジョン・シンクレアやアンジェラ・デイヴィスのことを歌った曲もあったりと、かなり過激で時事的なアルバムだったわけだが、それにも関わらず、少しも古くさく感じられないのは、やはり音楽そのものに力があるからだろう。むしろ、幸か不幸か、今の気分にぴったりとはまったりもする。

 ただ、ジョン・レノンの政治的なアルバムはこの作品だけだ。つまり、彼の中での「政治の季節」は、そう長くは続かなかったということになる。ジョンが口にするラヴ&ピースには、もっと普遍的な響きがある。ただ戦争反対と言いたいわけじゃない。もっとパーソナルで、僕らひとりひとりの日常に向けられたものだ。そうした日常をみんなが積み重ねていけば、世界は平和になる。ジョンは攻撃的な表現を使うことも多かったけど、僕は彼の歌をそんな風に感じている。

 こうして今年もこの日を迎え、ジョンの歌を聴いたり、ジョンに想いを馳せたりしている。自分がジョンと友達だったような気分で彼の歌を聴いていると、そこに等身大のジョンの姿が浮かんでくる。主義とか主張とかそういうのじゃなくて、そこにはいるのはただのジョン・レノンなのだ。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2013-12-08 08:35 | diary | Comments(0)
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