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Sandfish Records Diary

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家にいたいなと思う

 昨日はアルバイトを1時間ほど早くあがることができた。仕事が早番だった妻にメールすると、ちょうど彼女もあがったところだった。夕方の5時を過ぎた頃で、空はまだ明るいが、風はいくらか温度を下げ始めていた。家に着くと、妻はまだ帰っていなかった。夕食の買い物をしているのだなと思った。僕がシャワーを浴びているとき、彼女は帰ってきた。そして、そのまま食事の仕度を始めた。冷やし中華とか、冷蔵庫にあったその他諸々とか。僕らはそれらを居間に運び、ふたりで『男はつらいよ サラダ記念日』を観ながら食べた。映画があともう少しで終わる頃、妻はすやすやと寝息をたてはじめた。扇風機が部屋の生温かい空気をかき回し、外の涼しい風がカーテンと風鈴を揺らした。僕はテレビを消し、テーブルの皿はそのままに、居間の灯りを少し暗くして、仕事部屋に移った。そして、ウォーレン・ジヴォンの歌を聴きながら、短い文章を書いた。

 映画の中で、病気のおばあちゃんが出てきた。住み慣れた家でひとりで暮らしていたが、余命短いからと入院することになった。旦那さんは既に亡くなっており、「もう10年ひとり暮らしなの」と女医さんは言った。おばあちゃんはずっと家にいたかったけど、周囲の勧めで入院し、病院で亡くなった。

 僕はひとり暮らしが長かったから、ときどき今の生活が信じられないような気持ちになる。きっと、ずっとひとりでいる心づもりができていたのだろう。つまり、ひとりで生きて、ひとりで死んでいく心づもりのことだ。結婚して変わったことといえば、結婚前は自分のために生きていたけど、結婚してからは自分のためだけに生きているわけではないということだと思う。自己完結していたことが、自分だけでは完結しなくなった。例えば、美味しいものを食べても、それで終わりではなくて、妻にも食べてほしいと思うようになった(些細な例だけど)。自分が楽しいからといって、四六時中ブルース・スプリングスティーンのレコードを大音量で聴かなくなった(当たり前のことかもしれないけど)。目に見える気ままさは減ったけれど、僕がこれまで知らなかった目につかないことが、きっと増えたのだろう。そのことが、ときどき僕を不思議な気持ちにさせるのだ。

 いつかまたひとりになる時が来るかもしれない(来ないかもしれない)。もしそうなったら、僕はきっといろんなことを思い出すのだと思う。例えば、昨日の夜のような出来事を。そして、ウォーレン・ジヴォンの歌を聴きたくなるのかもしれない。そのとき自分はどこにいるのだろう?できることなら、この家にいたいなと思う。

 MIYAI

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by sandfish2007 | 2014-07-27 07:45 | diary | Comments(0)
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