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Sandfish Records Diary

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ぼんやり

 記憶というのは曖昧なもの。例えば、道すがらに思いついたことがあって、「これは帰ったら話そう」と思っても、つい忘れて話しそびれてしまう。翌日にまたその場所を通り過ぎたときに思い出して、「あ、そうだった。話そうと思ってたのにな」と思う。で、その夜に「ねぇ、昨日話そうと思ってたんだけどさ」とようやく相手に伝えることができる。めでたしめでたし。

 …と、ここで話は終わらない。というのも、こういうことはままあるものだから、どの話をして、どの話をまだしてないのかが、今度はよくわからなくなってくる。つまり、僕の中には「話した記憶」と「話しそびれた記憶」という2種類の記憶がいくつも存在している。だから、例えば風呂に入っているときに、「あ、そうだ。話そうと思ってたことがあったんだ。でも、この前話したんだよな。はて?僕はどの話をして、どの話をまだしてないんだっけ?」とわからなくなってしまう。さらに話そうと思っていた内容を全部は覚えていないから、「この前話したのはこのことだっけ?あのことだっけ?他にもなんかあったような…」とますますわからなくなる。こうなると、たいてい僕は話すことを諦めてしまう。同じことを何度も話す人にはまだなりたくないのだ。

 似たようなことは、道に迷ったときにも起きる。例えば電車に乗って見知らぬ町まで出かけたとする。あちこちをうろうろしてどうにか目的地に辿り着く。楽しくお酒を呑み、「さて、そろそろ終電なんで帰りますね」とみんなに笑顔でさよならし、店を出て歩き出す。ところが、僕の中には道に迷ったときの記憶が残っているから、今歩いている道が正しいのか間違っているのかがわからなくなる。時間は刻々と過ぎてゆき、いつしか終電は走り去る。僕はあちこちうろうろしながら店に舞い戻り、「いやぁ、今夜は呑みましょう」と笑顔で言うことになる。最近はほとんど地元でしか呑まないから、こういうことはないけど(よかったよかった)。

 結論:そうとうぼんやり生きてます。僕に期待しないでください(してないか)。

 とりわけ花粉症で思考力が低下している春先はぼんやりしているかもしれません。優しくしてとは言いませんが、いくぶん温かい目で見ていただけると幸いです。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2015-03-13 07:18 | diary | Comments(0)
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