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Sandfish Records Diary

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平和な日曜日の朝

 いつものように夜が明けて、いつも通りの朝がやってきた。初夏の匂い。鳥のさえずり。トーストとコーヒー。平和な日曜日。

 昨夜、夕食を済ませ、ソファーに寝転んで本を読んでいたときに地震があった。しばらくの間大きく横に揺れて、数分後におさまった。テレビをつけると、震源地は小笠原で、最大震度5強、マグニチュード8.5。僕が住む神奈川県藤沢市は震度4だった。日本中が、北から南まで、多かれ少なかれ、揺れたようだった。

 そのとき僕が読んでいたのは、仙台在住の作家のエッセイで、ちょうど4年前の大震災のことが書かれていた。言い方が適切ではないかもしれないが、随分とタイミング良く地震がきたものだと少し驚いた。そして、震災があったときのことがいろいろと思い出された。

 文章からは作家自身の戸惑いが伝わってきた。それはそのままあのときに感じた僕の戸惑いでもあった。僕自身に被害はなかったが、心のどこかが損なわれた。途方に暮れ、無力感と、虚しさと、どこか後ろめたい気持ちに包まれた。自分は被災した人達の気持ちを本当に理解することなど絶対にできないのだという厳然たる事実を前に、ただ立ち尽くしていた。音楽を聴く気にもなれず、CDを売ってる場合ではないと思った。だからといって、なにもできず、結局、いつも通りの日常をつづけることにした。僕にはそれしかできなかったし、そうするべきだとも思っていた。でも、その日常は以前と同じようでいて、もう同じではなかった。確実には何かが変わってしまっていた。

 昨日の地震がおさまった後、エッセイのつづきを読みながら、僕はいろんなことを思った。震災当日、仙台は停電し、電気の点かない一夜を過ごしたそうだ。つまり、そのときはまだあの恐ろしい津波の映像を、仙台の人達は見ていなかったことになる。朝を迎えて外に出ると、見知らぬ近所の人と目が合い「大変なことになりましたね」と自然と挨拶を交わしたと書かれていた。そうした話のひとつひとつが、東北から400キロほど離れた場所にいる僕にも、あの日のことをまざまざと思い出させた。

 あとがきに「震災に関する原稿依頼はすべて断った」と書かれていた。唯一、地元紙からのこのエッセイの依頼だけは受けたという。少しでも力になりたいという気持ちと、作家自身の為に引き受けたのだろう。優れた物書きがこうした文章を残してくれたことに、僕は感謝した。

 あれからいくつもの新しい朝を迎え、僕は今日も生きている。初夏の匂い。鳥のさえずり。トーストとコーヒー。平和な日曜日の朝。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2015-05-31 07:46 | diary | Comments(0)
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