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Sandfish Records Diary

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新子

 夏になったら食べたいもの。いろいろあるけれど、象徴的な意味をもつものとなると、その数は限られる。その最たるものが新子だろう。コノシロの小さいのがコハダ。そのさらに小さいのがシンコ=新子。7月が下旬を迎える頃に出回り出し、夏の訪れを告げる。でも、その頃は値段も高く、寿司屋にでも行かないとありつけない。つまり、僕はありつけない。馴染みの呑み屋にまわってくるのを、じっと待つことになる。

 そして、8月下旬。「今年はまだ新子を食べてないなぁ。この際、コハダでもいいんだけどなぁ」と思い始める。そうすると、どこからか声が聞こえてくるのだ。「新子、入ったよ」と。僕はその声に誘われ、いそいそと出かけていくことになる。

 それが昨夜だった。馴染みの店に新子が入ったと知ったとき、僕は既に食事を済ませ、晩酌も済ませていた。けれど、これがラスト・チャンスかもしれない。「握ってもらえるのかい?」と訊ねると、「もちろん握りますよ」という答えが返ってきた。かくして、僕はラジオの収録を済ませると、馴染みの店「田火田」の暖簾をくぐったのだった。
 
 23時30分、店主は既にカウンターでお客さんと呑んでいたが、僕の顔を見ると「来た来た」とばかりににやりと笑った。そして、カウンターの中に戻り、酢飯をうちわで扇ぎはじめた。僕は冷酒を注文し、呑みながらそのときを待った。

 そして、そのときはちゃんとやって来た。カウンター越しに店主から差し出された皿には、かわいい握りが6つ並んでいた+ハタの握りをひとつおまけしてくれた。ハタもとても美味しかったけど、やはり新子にはそれ以上の意味があった。だって、夏の象徴だから。

 新子を食べるのにもっともふさわしい時間は、おそらく夕刻だろう。まだ明るく、これから日も暮れようという時分にいただくのが一番似つかわしいと思う。けれど、これから日付が変わろうという時間に食べた新子には、それとはまた違う味わいがあった。深夜ならではの濃密な空気の中、僕は少しだけやさぐれた気分で、お箸を使わずに手で食べた。もし夕刻であったなら、きっとお箸で食べたことだろう。「これはこれでいいもんだなぁ」と思った。

 こうして今年も無事、新子にありつくことができました。来年の夏もありつけますように。季節の楽しみは人生を豊かにしてくれる。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2015-08-23 09:47 | diary | Comments(0)
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