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Sandfish Records Diary

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Yo Harding『Windian』

 音楽を作ったり演奏することは、ひとつの「解放」なのだろう。…と、僕が言うのもおこがましいのだが、そこにはいろんな種類の解放があるし、解放された分だけの非解放もまた存在する。ちょうど光があれば影があるのと同じように。そして、きっと男と女とでは、解放の仕方やされ方、解放されるものやされないものが、やっぱり違うのかなと思うことが、僕はよくある。

 Yo Harding というアーティストをご存知だろうか?彼女のアルバム『Windian』を聴いて、僕が最初に感じたのはそんなことだった。おそらく、このアルバムは彼女にとってのリリース(解放)なのだろう。言うなれば、アルバムの魅力はその一点に集約されると言ってもいい。これは語られるべき作品であり、語る言葉を失わせる音楽でもある。そして、言葉を失ってしまうのは、もしかすると、僕が男だからなのかもしれない。こういう女性的な広がり、深み、母性の前で、一体何を語ればよいのだろう?

 若い頃にローラ・ニーロやジョニ・ミッチェルを聴いたとき、僕は気持ち良さと同時に、ある種の居心地の悪さを感じた。彼女達の歌にどうしようもなく惹かれる自分と、どう受け止めたらいいのかわからない自分。頭で理解できないほど、心は強く求めてしまう。それはどこか恋にも似て、たまらなく魅力的だった。Yo Harding の歌を聴いていると、ふとそんな感覚が蘇ってくる。

 収録されている曲はバラエティにとんでいるが、どれも地下水が幾多の支流を作り彼方まで続いていくように、すべて繋がっている。ここに収められている音楽は、遥か遠くまで行くこともできれば、元の場所に戻ることもできる。言い換えれば、どこまでも解放されているし、永遠に解放されないものも内含している。解放されたもの達は孤独を抱え、解放されないもの達は自由を求めている。そのせめぎ合いの中で、この音は鳴っている。だからこそ、胸を震わすのだろう。

 軽く聴けば、歌声に癒されるかもしれない。しかし、目を閉じて耳をすませば、そこに大きな川が流れていることに気づくだろう。僕にとってこの音楽は旅だ。見知らぬ世界への誘いであり、同時に帰る場所も用意されている。帰る場所があると知っているから、僕らは旅に出れるのだろうか?わからない。Yo Harding は、そんな僕らを心よく送り出す。そして、いつか帰ってくる日まで、無事を祈っていてくれる。これはそういうアルバムだ。さて…、僕は一体何を語ればよいのだろう?

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2015-08-27 10:19 | diary | Comments(0)
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