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Sandfish Records Diary

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ザ・リバー・ボックス

 ブルース・スプリングスティーンの名作『ザ・リバー』。先日、その豪華ボックス・セットが発売された。その中にスプリングスティーンが当時のことを独白するドキュメンタリー映像が収められている。『ザ・リバー』制作時、スプリングスティーンは30歳になっていた。当時を振り返り、こんなことを語っている。

 自分は人と関わる勇気がなかった。自分もバンドも大人になりきれていなかった。でも、30歳になるといつまでもそうではいられなくなった。このアルバムでは、社会的にも人との関わりをもとうとした。つまり、社会的な責任や結婚など人生を人生たらしめるものと向き合おうとした。このままでは想像の物語に生きてしまう。それは人生じゃない。物語は物語だ。

 『ザ・リバー』で、スプリングスティーンの詩作は大きな変化をみせる。スプリングスティーン自身が歌の主人公ではなく、他者の人生を伝える語り部としての立場を強くしていく。でも、最初は歌詞がうまく書けなかったという。アルバム制作は一旦中断される。ボックス・セットに収められたアウト・テイクス集には、そのときの録音も収められている。対訳を見ながら聴くと、確かに歌詞に苦労している跡がそこかしこに見受けられた。いくつかの曲では同じフレーズが使われていたし、中にはトム・ウェイツの曲の歌詞をほとんどそのまま歌った曲もあった。こうした過程を知ることができたのは、とても興味深かった。

 正直に言うと、こうしたボックス・セットのリリースについて、僕はあまり肯定的ではない。興味深いアウトテイクスも、素晴らしいライヴ映像も、高額のため一部のマニアだけのものになってしまう。もっと手軽に聴かれるべきだと思う。でも、制作過程からツアーまでがひとつにまとめられることで、より深くこのアルバムを理解することはできる。

 昨日の夕方から日付が変わるまで、僕は『ザ・リバー・ボックス』を文字通り堪能した。ドキュメンタリーとライヴ映像を観て、アウトテイクス集、一度はアルバムとして完成しながらも発売されることのなかったヴァージョン、そしてオフィシャル・リリースされたアルバムを聴き返し、言葉を失った。胸に大きなものが広がるのを感じた。ひとりのアーティストが、喜びと孤独を行き来しながら、自分を見失わず、丹誠を込めて、仲間と力を合わせて作り上げた結晶は、僕に生きていくためのヴィジョンを示すものだった。

 今から15年前、30歳だった僕もまた大人になりきれていなかった。このままではいられないことは感じていた。でも、あのとき僕は大人になろうとはしなかった。そうした気持ちになるまでに、さらに10年の時間を要した。40歳になって僕は自然と覚悟を決めた。それからの5年間、それまでとは違う人生を僕は歩んできた。15年前、なぜ僕は大人になろうとしなかったのだろう?わからない。ただ、まだなにも達成していないとは感じていた。おそらく僕は僕で、あのまま大人になるわけにはいかなかったのだろう。
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by sandfish2007 | 2015-12-28 09:57 | diary | Comments(0)
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