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Sandfish Records Diary

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バーバー吉野

 押入の片づけに没頭した日。想い出の品を処分し、ゴミとして分別していく。するとだんだん心が疲れてくる。なんだか自分が冷たい人間のような気がしてくる。銀行へ行く用事があったので、気分転換も兼ねて出かけた。外は強い風が吹いていたけど、おおむね気持ちのいい天気だった。帰りにツタヤへ立寄り、映画のDVDを2枚借りた。テレビを新しくして以来、ちょくちょく利用するようになったのだ。

 今回借りたのは『ナビィの恋』と『バーバー吉野』。『ナビィの恋』は大好きな映画で、公開当時2度映画館へ足を運んだ。『バーバー吉野』の方は、友人に教えてもらった。主演は最近お気に入りの、もたいまさこ。昨夜は『バーバー吉野』の方を観た。

 舞台は田舎の小さな町。床屋は一軒しかなく、子供たちはみんなここで同じ髪型にされる。それがこの小さな町で100年以上つづく伝統なのだ。床屋の名前は「バーバー吉野」。髪型の名前は「吉野刈り」。そこに疑問を感じた少年が数名、反旗をひるがえす。そんなわくわくするような話。僕は子供達を応援しながら観てたんだけど、いざ彼らの目的が達成され吉野刈りがなくなると、「なんか淋しいよね」と思ったりする。つまり、きっと、これはそういう映画なのだろう。あー面白かった。いい映画を借りれてよかったよかった。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2011-05-31 09:04 | diary | Comments(0)

豪快にいこうぜ

 押入の片づけをすることにした。「それじゃまずここから」と一番上の棚にあるものをおろしてみたら、ほとんど全部が不要なものだった。「ふむ…、となるとこっちも」と隣の棚のものもおろしてみたところ、やっぱりほとんど全部が不要なものだった。はいやー、よくもまぁこんな無意味なものを溜め込んだもんだぜ。それらを分別し、非情なほどクールな手つきで縛り上げていく。そんなことを昨夜からやってたりする。今朝はインターネット・ラジオのサザン・ロック・ステーションを聴きながら。えっと、豪快な気分になれるかなと思って。

 テレビで古代湖に生息する魚の進化に関する番組を観た。生き物の進化の過程というのは、実に神秘的で興味深い。「いいなぁ。俺も研究者になろうかなぁ」と思ったけれど、魚たちの無情な習性を知って前言撤回。いやぁ、ひどい。やっぱり僕には向いてないや。ひきつづき今の仕事をがんばろう。そうしよう。

 でも、その前に押入の片づけを。こういうことは一旦手をつけたら、一気に終わらせた方がいい。そうしないと、いつまでたっても終わらない(経験則)。さて、豪快にいこう。サザン・ロックを聴きながら。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2011-05-30 11:32 | diary | Comments(2)

ちゃんと雨が降っている梅雨のはじまり

 さて、雨である。昨日からずっと雨である。でも、風がないから窓を開けている。雨音が聞こえる。ラジオでは「雨の日に聴きたい曲」リクエスト特集。 B.J.トーマスの“Raindrops Keep Fallin' on My Head”が流れてきて沁みた。ずっと昔から知ってる曲でも、こんな風に心に届くことがあるんだな。音楽って素敵だな。

 昨夜は大井町にあるバー「グルーヴァーズ・パラダイス」へ。友人のサックス・プレーター=guinnちゃんが出るというのと、ここのマスターがかつて僕が在籍してた会社の先輩であるのと、前々からライヴを観たいと思っていたザディコ・バンド=ザディコ・キックスも出るというので、雨の中そそくさ出かけていったわけだ。

 いやぁ、楽しかった。guinnちゃんは相変わらず存在感バリバリに吹いてたし、お店はオールド・タイム・フィーリングに溢れたいい雰囲気だし、ザディコ・キックスも賑やかなとてもいいバンドだった。

 ザディコは垣根のない、出入り自由なダンス・ミュージックだ。もしあなたがザディコを1度も聴いたことがないとしても、そんなことは関係なく楽しめるだろう。それは僕自身が詳しいわけじゃないから、自信をもって言える。ザディコを聴けば心が弾んで、思わず体が動いてしまう。あとは自分なりに楽しめばいい。それくらい簡単なことなのだ。いろんなことがこれくらいシンプルだったらいいのにな。

 外では雨が降っている。昨日からずっと雨だ。ギル・スコット・ヘロンが亡くなったと聞いて驚いた夜、僕は大井町のバーでザディコのリズムを聴いていた。今日も世界のあちこちでいろんな音楽が奏でられるはずだ。そんな風にして音楽はつづいていく。歩みを止めずに、つづいていく。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2011-05-29 13:27 | diary | Comments(0)

梅雨入り

 昨日、こっちも梅雨入りしたんだそうな。5月の梅雨入りなんて記憶にないなぁ。はやすぎだ。台風が近づいてることもあり、今日と明日はがっつり雨。明後日も雨なんだそうな。ふみゅー。

 まぁ、いいや。ぶつぶつ言ってもしょうがないもんな。そろそろ出かけよう。コーヒーを飲んだら。ストーンズを聴いたら。今日も心穏やかに過ごせますように。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2011-05-28 07:37 | diary | Comments(0)

Reason to Believe

 眠い眠い朝。なんでこんなに眠いのか。よくわからない。きっとなにか理由があるのだろう。しかし、その理由を考えるには、ちと眠すぎるのだ。ぐー。

 歳をとったときのために家を買っておこうと考えたのだけど、僕にはいろいろ難しそうだと知る。そんなとき、妹に県営住宅を薦められ「ふーん。そういうもんか」と思った。で、昨日は近所の県営住宅を下見に行ってきた。といっても、外から眺めるだけだし、そもそも独身だと貸してくれないらしいのだが、まぁそれはそれとして、3つの県営住宅を見てまわった。どこも駅から少々離れていて、それなりに築年数は感じられたが、贅沢は言えないということなのだろう。ちょうど近所に中古マンションが売りに出されていたので、その前も通ってみた。ここは良さそうに思えたが、ぱちぱちとお金の計算をしてみると、やっぱり買うのは難しいみたい。そんなことをしてたら、なんとなーく気分が疲れた。

 晩ご飯に餃子を作って、サザンのライブ・ビデオを観ながら食べた。そしたら元気が出た。日常をぶっ飛ばすほどの底抜け具合は、感動的でさえあった。思えばこんな風になにかから元気をもらって、僕は毎日を過ごしているのかもしれない。

 ブルース・スプリングスティーンに『Nebraska』というアルバムがある。若い頃に信じていたことが、ことごとく裏目に出てしまったら?夢が跡形もなく消えてしまったら?もしそうなったとき、それでも僕らはやっていけるのだろうか?このアルバムが問いかけてくるのは、そうした絶望や孤独だったりする。そして、最後に“Reason to Believe”という曲が歌われる。これがそうした問いかけに対するひとつの答えのように、僕には思える。「なんだかおかしな気持ちになるよ、僕にはね。つらい1日の終わりに、なぜ人はまだ信じる理由を見い出すことができるのだろう」。僕らはなにか信じる理由を見つけて、毎日を生きている。それはおかしなことかもしれないけど、まぁ、それでいいんじゃないかな。そもそも生きるというのは、どこかおかしなものなのだろうから。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2011-05-27 09:44 | diary | Comments(0)

うりゃっ

 あれよあれよという間に午後である。あらよっと。数日前にニューリリースに向けての交渉を開始した。うまくまとまるかはまだわからないけど、気合いが入るぜ。うりゃっ。

 昨夜、いただきものの焼酎(試供品)を呑んだら、いつも自分が呑んでるものとは味も薫りもまったく違っていて、軽くのけぞった。まじまじとラベルを見てみると「本格焼酎」と書かれてある。「ふむふむ、これが本物の味ってやつなのね」と素直に感心した。それから、いつも呑んでるやつを手にとってみると、そこには「焼酎甲類乙類混和」と書かれていた。…まぁ、焼酎には違いないのかな。そういや、ビールのつもりで呑んでるやつには「リキュール(発泡性)」とか書かれてたっけな。やれやれ。

 まぁ、いいや。ちゃんとした酒は、外で呑めばいいんだ。で、いつか家でもちゃんとした酒を呑めるようになればいいんだ。そうなんだ。気合いが入るぜ。うりゃっ。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2011-05-26 12:49 | diary | Comments(0)

ホタル・カリフォルニア

 先週末、友人宅でサザン・オール・スターズのライブ映像を観た。1995年に横浜の海沿いの公園で8万人を集めて行われたもので、友人夫妻も僕もこのライヴを観ている。そんな想い出気分も交えつつ、お酒を呑みながらわいわい観てたんだけど、まぁとにかく明るいのだ。1995年といえば、阪神淡路大震災があり、地下鉄サリン事件があった年だ。それなのに、サザンも僕らもこんなに明るかった。当時、僕はもう音楽業界と呼ばれるところで働いていたのだが、自粛ムードを感じた覚えはない(あったのかもしれないけど、覚えてない)。CDはほんとによく売れていたし、こういう大きなライブも普通に行われていた。

 振り返ってみると、サリン事件でこの国は大きく変わった。人を信じることが難しくなった。予期せぬ事態は常に起こりうるのだという恐怖を刷り込まれたからだ。そして今、サザンのあのときの演奏を観ながら、僕がとりわけ感じたのは、今回の震災で僕らがこうした明るさを失ってしまったということだった。こんな日記でさえも、変わってしまった。震災前、僕はこういう日記をあまり書かなかった。でも、今は何を語ろうとしても、自然としんどい方へ流れてしまう。それはきっと、僕自身がなにかを吐き出す必要があるからなのだろう。

 サザンのライヴ映像はとても楽しかった。大事ななにか思い出したときのように、胸の奥がほっとした(酔っぱらって後半は覚えてないけど)。楽しむことで命は輝く。この明るさを忘れたくないなと思った。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2011-05-25 09:34 | diary | Comments(0)

偉大と呼びうる人生

 雨が降っている。今年の梅雨入りは早いのかな。むーん。

 都内でお酒を呑んだり、フェイスブックを始めたり、両親とご飯を食べたり、フリマに顔を出したり、友人宅へ泊まりに行ったり、メルシー体操をしたり、地元でお酒を呑んだり、そんなことをしてたら、日記もつけずに4日が過ぎていた。で、今日はボブ・ディランの誕生日。なんと70歳になったとな。おめでとう。

 ボブ・ディランの歌を長いこと熱心に聴いている。初めてディランのレコードを買った頃、ディランもまだ45歳くらいで、70歳のディランなんて想像もしなかった。その後、ディランは「ネバー・エンディング・ツアー」と呼ばれることになる旅暮らしに入る。曲の原型をとどめないようなアレンジ。毎晩変わるセットリスト。自らの偉大なキャリアにもたれることなく、前進をつづけるその姿は本当に感動的だ。ディランはツアーをつづけることで「歌」を伝え歩いている。それこそが本来のミュージシャンの姿なのだと、僕は感じている。

 長いツアー暮らしも今年で23年目。そして、ディランは今日70歳になった。そろそろこうした暮らしもしんどいと思うのだけど、ディランは今もつづけている。そして、素晴らしいアルバムを残しつづけている。こんなすごい人、他のどこをさがしてもいない。この世には偉大と呼びうる人生があるのだ。

 今日はボブ・ディランのレコードから、ありったけ勇気を感じ取りたい。そして、これからの自分の糧にしたい。前進していくために。信じる心を見失わないように。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2011-05-24 09:10 | diary | Comments(0)

ちょうど1年前の今頃

 素晴らしい季節。ちょっと外に出ただけで、こんなに気持ちがいいなんて。窓を開け放って、アレサ・フランクリンのレコードをターンテーブルにのっける。コーネル・デュプリーがギターを弾いてるやつだ。ビリー・プレストンも参加してる。ソウル・ミュージックが青空に溶けていく。少ししたら、自転車をこいで鎌倉までラジオの収録へ出かける。海岸線を走るのが、今から楽しみだ。

 昨年の今頃、親父に誘われて南相馬から仙台までサイクリングをした。距離にして100キロくらいだろうか。できるだけ海に近い道を走った。あのときのことを思うと、不思議な気持ちになる。たまたま行ったのに、そこになにか意味があったかのような、そんな気がしてくるのだ。時折、あのときと同じ道を辿ってみたいという欲求にかられる。あの風景がどうなったのか。立ち寄った店がどうなっているのか。この目で見てみたい。しかし、現実的に今の僕には難しい。そして、こんなことを思うなんて申し訳ない。

 そんなときにソウル・ミュージックを聴くと、救われた気持ちになる。心に光が差し込むのを感じ、力が湧いてくる。この感じが東北まで届けばいいのにと思う。今朝の空はきれいに晴れ渡っている。遮るものなんてなにもない。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2011-05-19 09:11 | diary | Comments(0)

なんとなくノスタルジー

 明るい気分でいきたいとき、よく聴く2枚のレコードがある。デイヴ・リー・ロスの『Crazy from the Heat』とハニー・ドリッパーズの『Volume One』。どちらも僕が高校生になった年にヒットしたレコードで、1950〜1960年代のヒット曲をカヴァーしたミニ・アルバムである。15歳のときにこういうレコードを聴いて心をときめかせていたのだから、元々僕は古い音楽が好きなのだろう。夢みるような“California Girls”のイントロも、甘酸っぱい“Sea of Love”のメロディも、この2枚のレコードで知った。

 デイヴ・リー・ロスはヴァン・ヘイレンのヴォーカリストだったし(まだ脱退してなかったと思う)、ハニー・ドリッパーズは元レッド・ツェッペリンのロバート・プラントやジミー・ペイジ、それにジェフ・ベックなんかが参加する覆面バンドだった。2枚とも本業から離れての企画ものといった印象だが、その分リラックスした歌を聴けるのが魅力で、僕はそんなところにも惹かれた。

 あの頃はとにかく音楽に夢中だった。ロックとは価値観であり、生きる指針になるものだと信じていた。だから、楽しむだけじゃなく、真剣でもあった。人格が音を立てて形成されていた年頃で、想像の中では、僕はロック・スターにもなれたし、ジャーナリストにもなれたし、ボヘミアンにも、ヒッピーにも、旅人にもなれた。振り幅は大きく、気分は毎日アップしてはダウンし、またアップした。楽しいときもつまらないときも、音楽を聴いていた。聴けないときは自分で口ずさんだ。寝るときもなにか流していた。音楽のことを考えない日は1日もなかった(それは今も変わらないけど)。もしかしたらこれからすごいことが起こるかもしれない。音楽が世界を変えてしまうような瞬間に立ち会えるかもしれない。そんなことも、割と本気で期待していた。

 あの頃にヒットしたレコードのほとんどを、今はもう聴くことはない。でも、そのうちの何枚かは今でもときどき引っぱり出す。そして、ターンテーブルにのっけって、いい気分になる。今よりずっと振り幅が大きかった頃の、あのきらきらした気持ちを思い出し、なんとなく元気をもらったりする。以前はそういうことがなんだか気恥ずかしく、かっこ悪いことのように思っていた。今はというと、やっぱり、どこか、気恥ずかしい。でも、まぁ、しょうがないよな、とも思うようになった。

 ノスタルジーだけで音楽を聴こうとは思わない。でも、自分が10代だった頃のヒット曲は、当時の空気と密接に結びついているから、切り離しては聴けない。デイヴ・リー・ロスやハニー・ドリッパーズを聴いて気分が明るくなるのは、きっと楽しかった想い出があるからだろう。それは友達とのささいな会話だったり、学校帰りに見た夕焼けの美しさだったりするのかもしれない。そんなことが、また心地よかったりするのだ。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2011-05-18 09:25 | diary | Comments(0)