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Sandfish Records Diary

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梅雨明け宣言

 昨日と今日の朝に海辺をサイクリングしてみて、「これはもう夏が来たんだ」と確信した。というわけで、サンドフィッシュ・レコードはここに梅雨明けを宣言します。今年の夏はいつもより長そうだぜ。盛り上がってこう。おー。

 …と、そんな盛り上がりに水を差すかの如く、健康診断の結果が返ってきた。僕は深呼吸をし、心を落ち着かせてから、そーっとページをめくった。すると、痛風のバロメータとされる尿酸値が正常に戻っているではないか。いぇい♪これで死ぬほどビールが呑めるぜぃ。と、ひと盛り上がり。でも、コレステロールは初めて基準値をわずかにだが突破。まぁ、この腹じゃなぁ(超納得)。運動しないとね。とりあえず、深夜の柿ピーはやめようと心に誓った。あと、よくわかんなかったのが眼底検査の結果。右目:傾斜乳頭。左目:傾斜乳頭。視神経乳頭陥凹拡大疑い。なにこれ?うーんと、まぁいいや。見なかったことにしよう。その他はAで問題なしとのこと。

 結論:ナイスクリア!正常な尿酸値で夏を迎えるのは気分いいぜ。

 2011年も今日で半分おしまい。明日から下半期。さぁ、いい夏にしよう。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2011-06-30 11:09 | diary | Comments(4)

僕が生まれる前の話

 45年前の今日、台風が日本を直撃した。その影響で、前日の夕方着を予定していた飛行機は遅れに遅れ、羽田に到着したのはもうすぐ午前4時になろうといった頃だった。でもまぁ、無事に着いたのだから、そんなことは問題じゃない。しばらくすると飛行機の扉が開き、4人の若いイギリス人がタラップを降りてきた。ビートルズが日本にやって来たのだ。

 雨粒で濡れた窓の向こうに、ジョンとポールとジョージとリンゴの姿が見えた。彼らは軽く手を振っていたが、それが誰に向けられたものなのかはわからなかった。こんな未明にファンの姿を見つけたとは思えないから、おそらく習慣化した儀礼のようなものだったのだろう。でも、そんなことはどうだってよかった。だって、ビートルズが本当に日本にやって来たのだから。

 …と、見てもいないことを、さも見たかのように語るのが、僕のいいところである。

 しかし、僕だって別に嘘をついてるわけじゃない。多少いい加減ではあるが、嘘と断じられるほどのことじゃない。というのも、僕はそのときの写真を数えきれないほど眺め、その手の本を読みあさり、あのときのライブ音源を繰り返し聴いた。そして、ずっと夢見ていたのだ。もし僕があの頃にティーンエイジャーだったならと。いつも想像していた。だから、僕の頭の中には、ビートルズが来日してから日本を去るまでの映像が鮮明に出来上がっている。4人がホテルの部屋でどういう風にテーブルを囲み、加山雄三とすき焼きを食ったのか。ジョージが舞台袖から寺内タケシのギターをどんな顔で聴いていたのか。ポールとマル・エヴァンス(ロード・マネージャー)がホテルを抜け出して皇居のあたりを散歩したとき、どんな人達とすれ違ったのかとか。まぁ、僕はだいたい知っているのだ。どうだ、すごいだろう。

 結論:感情移入とは恐ろしい。

 45年前の今日、台風が日本を直撃した。しかし、その台風が過ぎ去った後に飛行機から降りてきた4人組こそが、僕にしてみれば本当の意味でのハリケーンだった。まだ生まれてさえいなかった僕にショックを与え、その後の人生を大きく左右し、今も夢のような気分を味あわせてくれている。あんなすごい台風、後にも先にもない。あんな幸せなハリケーンなんて、見た事もない。

 それにしても、45年がたつのか。随分の昔の出来事なんだな。

 宮井 章裕
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by sandfish2007 | 2011-06-29 09:30 | diary | Comments(6)

Drive All Night

 日が長くなり、早起きしやすい季節のはずだが、最近の僕は寝坊がつづいている。理由は意志が弱いからだと思う。さて、どうしたものか?「これなんか効くよ」といった食べ物などあればいいのだが、よくわからない。ひとまず、サーファーは早起きらしいから、ビーチ・ボーイズのサーフィン・ソングでも聴こう。そしたら僕もサーファー気分になって、早起きできるんじゃないかと(頭いい)。

 しかし、ここで疑問がひとつ。夏になると今でも、ビーチ・ボーイズの曲はよくラジオから流れてくる。しかし、ビーチ・ボーイズが今でもサーファーの間で人気があるのか?まぁ、どっちでもいいや。僕は好きだもんな。

 昨夜は日が暮れたくらいに仕事を切り上げ、ブルース・スプリングスティーンを聴いて、ビールを呑んで、うどんと夏野菜の味噌炒めを食べた。「サンドフィッシュ・カフェ」を聴いて、いつものように反省した。そんな夜だった。

 クラレンス・クレモンズが亡くなり、たくさんのミュージシャンが彼を追悼をしている。亡くなる前にレディ・ガガがファンに呼びかけて作ったビデオも感動的だったが、パール・ジャムのエディ・ヴェダーがクラレンスの息子をゲストに招いて“Drive All Night”を歌ったと聞いたときは、胸が苦しくなった。ビッグ・マンがこの世を去ってから、僕の心はぽっかりと穴が空いたままだ。でも、エディが“Drive All Night”を歌ったと知ったとき、最初は悲しみがやって来た。その後で優しさに変わり、穴を満たしてくれた。これも音楽が持つ偉大な力だと思う。

 宮井 章裕
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by sandfish2007 | 2011-06-28 09:54 | diary | Comments(4)

音楽の仕事

 音さがしの日々がつづいている。未曾有の大震災で心が混乱し、気持ちを修正するのに随分時間がかかったけど、ようやく集中できるようになった気がする。昨日は久しぶりに手応えのある1日だった。いい音にいくつも出逢えた。その都度胸がどきどきし、希望と不安が入り交じり、体の芯が静かに興奮してくるのがわかった。

 どうしてレーベルをはじめたのか?という質問をたまにされる。それにはいろんな答えができる。もし楽器や歌が上手だったらミュージシャンになろうとしただろうが、不運にもそうじゃなかった。音楽の会社に勤めてみたが、好きでもないタイプの音楽と関わらねばならないのは辛い。それじゃ、自分にはなにができるのかと考えたとき、音楽レーベルしか思いつかなかった。…なんて書くと消去法でレーベルを始めたみたいだけど、そういうんじゃなくて、つまり僕にとって音楽レーベルというのはひとつの手段なのだ。僕はただ好きな音楽のことを毎日考えながら暮らしたいのだ。音楽と深く関わっていき、できればなにかの役に立ちたい。そのためには音楽を仕事にするのが一番自然だし、シンプルな選択ということになる。好きなことを仕事にしない方がいいという人もいるが、僕はそうは思わない。もしみんなが自分の一番得意なことを仕事にしたら、世界はもっと楽しい場所になると、ずっと思ってる。とはいえ、なかなかそうもいかないのもよくわかる。でも、やっぱり僕はそうだといいなと思うから、せめて自分はできるところまで、好きな音楽と関わっていきたいと思うのだ。

 さて、つい告知し忘れがちだけど、今夜は月イチの「サンドフィッシュ・カフェ」放送日。レディオ湘南「スワンプスはっとの湘南ミュージック・タウン」(20:30〜22:00)の中の15分くらいのコーナー(21:00くらいから。インターネットでも聴けます。こちら→link)。今回のテーマは「太陽と月」。オンエア曲はイーサ・デイヴィスの“40 Moons”。僕らのトークに内容があるのかといえば、まったく自信がありません。けれど、はっととチュウソンは「これでいいんじゃない」と申しております。だから、きっとこれでいいんだと思います。ぜひ聴いてください。

 宮井 章裕

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鎌倉小川軒のプレミアムなロール・ケーキ「御養巻」。僕が言うのもなんですが、抜群に美味いです。騙されたと思って食ってみてください。
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by sandfish2007 | 2011-06-27 11:19 | diary | Comments(7)

いつだってお酒を呑んでいよう

 ピンポーンと玄関のベルが鳴り、救援物資が届いた。卵とかタマネギとかジャガイモとかうどんとか、えとせとら。差出人は古い友人。「煮るなり焼くなりまわすなり好きにしてくれ」とのこと。どうもありがとう。インスタント・コーヒーとクッキーも入ってたので、早速いただいてるところ。美味い。

 金曜日、「ビイル冷やしとくよ」の言葉に誘われて、アルバイト帰りに友人宅へ。着くと美味しそうな中華料理がところ狭しとテーブルの上に並べられていた。僕らは乾杯をし、料理に箸を伸ばしながら、「空耳アワー」の録画を観たり、音楽を聴いたりした。コップにはビールが注がれ、あるコップには日本酒が注がれ、またあるコップにはワインが注がれた。焼酎も注がれていた気がする。僕は注がれるままにそれらを素直にいただき、最後の方はいろんなことがわかんなくなっていた。うーん、満足。

 土曜日、大阪在住の友人が会社の研修で都内に来ているので、「久しぶりにみんなで呑もうよ」ということになり、アルバイト帰りに新宿へ。集まった4人のうち最近転職したのが2人。「いやはや、なんかいろいろあったねぇ」と呑み始め、音楽の話やら仕事の話やら共通の知人の話やらで、わっと盛り上がってぱっと散るがごとく気持よく杯を重ねていった。大阪の友人と呑むのは5年ぶりくらい。随分とすっきりした風貌になっていた。僕もすっきりしようと心に誓った。ほんとは友人2人が馴染みだというロック・バーにも行きたかったのだが、僕の財布の軽さから断念。でも、久しぶりにゆっくり呑めて嬉しかったな。満足。

 そして、今日は寝坊。のっそりとした動きで家の細々としたことをやってたらもうお昼だ。「仕事しろよ、俺!」と自分に言い聞かせつつも、お腹が空いてたりする。救援物資の中にもずくうどんがあったな。今日はあれを茹でよう。そうしよう。あと、金麦が冷えてたっけ。そうだっけ(にんまり)。

 宮井 章裕
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by sandfish2007 | 2011-06-26 12:36 | diary | Comments(0)

じゅーしー

 じゅーしーという沖縄の炊き込みご飯の素をいただいたので、昨晩と今朝に食べた。おいしい。今はお腹にずんとたまっている感じ。よかよか。

 散歩は昨日の夕方と今朝にした。昨日は海に向かい、今朝は山に向かった。散歩のいいところは、なにも考えないでいられることで、あまりよくないところは、つい考え事をしてしまうことだ。矛盾なり。

 昨日は少し淋しい1日だった。自分はなにかが欠落した人間なのかなと思った。それは大きな欠落ではないにせよ、決定的な意味も含んでいて、じわじわと僕や僕の周囲に悪い影響を与える。でも、同じようなことは誰にでもあるのかもしれない。問題なくやっているように見える人でも、きっとその人なりの欠落があるのだと思う。

 だから、僕らはなりたい自分になるための努力をつづけるのだ。

 宮井 章裕
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by sandfish2007 | 2011-06-24 09:03 | diary | Comments(0)

No Nukes

 昨夜、地元の居酒屋さん「菜音」で映画『No Nukes』の上映があった。1979年、スリーマイル島原発事故を受けての反原発ライブの模様を収めたドキュメンタリー。ジャクソン・ブラウン、ジェイムス・テイラー、ブルース・スプリングスティーン等の演奏の間に、原発に関する様々な映像(インタビュー、演説、軍によるプロパガンダ等)が挿し込まれる。僕はこの映画を初めて観たのだけど、当時の状況が今の日本とあまりに似ていることに驚いた。原子力発電を押し進める側の腹黒さ。原子力の危険性と自然エネルギーの拡大を求める反対派の主張。そのすべてが今とほとんど変わらない。30年以上も前の出来事なのに。30年以上も前の映画がここまで有効でありつづけてしまうなんて。その間、いったい僕らはなにをしていたのだろう?

 ジャクソン・ブラウン、ジョン・ホール、グラハム・ナッシュなどを見ていると、彼らがこの問題に対して真剣だったことがひしひしと伝わってくる。そうした中でブルース・スプリングスティーンだけは少し異質に思えた。僕の印象では、彼はこのライブをレベルアップさせ、より多くの観客を集めるために出演を求められたのではないかと。実際、ライブでのスプリングスティーンの扱いはスペシャルなものだったし、彼は誰よりも熱いパフォーマンスをしてみせた。もちろんスプリングスティーンもライブの主旨に賛同して出演したのだろうが、ジャクソン達ほどの真剣さは伝わってこない。ミュージシャンとしてバンドとともに自分のやるべきことをやったという印象だ。きっとそこまで深く関わっていなかったのだろうし、一種の役割分担みたいなものだ。僕個人としては、スプリングスティーンのようなスタンスの方が、自由で風通しがよくて好きだったりする。しかし、ライブの主旨をまっとうし責任を背負ったのはジャクソン達の方だ。そうしたリスクを恐れない真剣な行動力は、なにか大切なことを押し進めるためには、やはり必要なのだと思う。

 原子力発電を取り巻く状況が、あの頃からほとんど変わっていないことに、僕は少なからずショックを受けた。努力をつづけてきた人達もいたはずなのにだ。やはりこの問題は、僕らひとりひとりが自分なりの覚悟をもって考えていくべきことなのだろう。そして、僕は思うのだ。今も昔も結論はひとつしかないのだと。原発は止めるしかない。

 宮井 章裕
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by sandfish2007 | 2011-06-23 13:52 | diary | Comments(4)

Walk on

 こんな青空、久しぶりに見た気がする。海散歩(てくてく)→朝風呂(ざぶん)→ビーチ・ボーイズ(うーうー♪)→朝ご飯(ジュージュー)。で、今はまったりとコーヒー・タイム。幸せだなぁ。

 散歩のBGMはクラッシュとスプリングスティーン。人によって感じ方はいろいろだが、僕はちっとも暑苦しくない。雲ひとつない。風も吹いてない。うっすらと見えた富士山の頂にはまだ雪が少し残っていたが、完成しつつある海の家、ビーチ・バレーのコート、白い監視塔。夏が近づいてきてるんだなぁと思った。

 悲しい知らせにしょんぼりしたここ数日。でも、その前は馴染みのバー「ケインズ」のマンスリーDJイベント「Voices Inside」で楽しい時間を過ごした。"Rainy Night in Fujisawa"をテーマに、素敵な雨の歌をたくさん聴けた。また、この日は僕も信頼を寄せるソングライター=間瀬憲治の誕生日ということもあり、その絡みで僕も雨にまつわる文章を読ませてもらった。僕に与えられたお題は、クレイグ・ナッティカムの“Rainy Eyes”をかける前にふさわしい文章を書いてくることだった。2日前の日記がそれ(こちら→link)。ユーストリームのアーカイブではその様子も見れる(こちら→link)。僕の出番は2時間8分くらいからなんだけど、もし見るなら僕なんかは後回しで、ケインズのマスターGENによる自作詩のリーディングをぜひ聴いてほしい。彼の深い見識と知性、そして間瀬さんへの友情がにじむ素晴らしい作品になっている。こちらは2時間30分くらいから。ああいう文章はどう逆立ちしたって僕には書けないな。…まぁ、イベントの主役はホストDJ=二見潤をはじめとする各DJ達がかける音楽であって、リーディングじゃないんだけどね。

 今日はとてもいい天気。散歩中にあやうくビールを買いそうになったくらいの、いい天気。こんな日にビーチボーイズを聴くと明るい気持ちなれる。いいことだ。悲しんでばかりは、いられない。Walk on.

 宮井 章裕
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by sandfish2007 | 2011-06-22 09:27 | diary | Comments(0)

We all miss you, Clarence

 クラレンス・クレモンズが亡くったことに、ショックを受けている。僕だけじゃなく多くの人達が悲しんでいることを、ブログやツイッター等での友人や知人の書き込みで、あるいはニュースを通して伝わってくるミュージシャン達の哀悼の言葉で、知る事ができたのはよかったと思っている。

 僕らがクラレンスに寄せた想いとはなんだったのか?それはきっと、彼が成し得た音楽的貢献への敬意だけでなく、信頼や友情といった類いの感情だったような気がする。実際に会ったこともない人のことをこんな風に書くのはおかしいと思う人もいるだろうが、そうじゃない。彼の音楽を深く愛することで、僕らは繋がることができたのだ。うまく言えないが、そこに音楽の素晴らしさがあるのだと僕は思う。勘違いであり、思い違いではあるが、真実なのだ。

 多くの人がクラレンスの死について語るのは、そうする必要があるからだ。悲しみを吐き出し、共有する必要があるからだ。そうして乗り越えていく。僕がここにこんな文章を書いているのも、そうした理由からだ。

 クラレンス・クレモンズという素晴らしい音楽人がいたことを、彼がいかに多くの人達に生きる勇気と喜びを与えたかを、どうか忘れないでいてほしい。

 宮井 章裕
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by sandfish2007 | 2011-06-21 10:31 | diary | Comments(4)

Rainy Eyes

この日、世界は朝からもやに包まれていた。
ほんのりと明るいのだが、
あらゆるものが薄く霞んでいる。
こんな日には雨が降る。
ずっと昔からの決まり事のように。

トーストを焼き、コーヒーを入れた頃、
細かい雨が降り出した。
雨音は、耳をすましていないと聞き取れない。
おそらく外でしばらく立っていても、
そんなに気にならないだろう。
しかし、雨は確実に僕らを濡らす。
地面にしみ込み、地下水と交わるまで、
静かな想い出のように、
深く、深く、しみ込んでいく。

この日、僕には約束があった。
そろそろ支度をしないと、時間には間に合わない。
でも、僕は支度をするかわりに、
クレイグ・ナッティカムのレコードをターンテーブルにのせた。
なぜって、その約束は、
あまり楽しいものじゃなかったから。

クレイグ・ナッティカムは、
その昔、デニス・ランバートとコンビを組み、
2枚のアルバムをリリースしている。
そのうちの1枚目を、僕らはよく一緒に聴いたものだった。
コンビというのは得てして、
どちらか一方が人気者になる。
クレイグは、どちらかといえば、
人気者になれなかった方かもしれない。
というのも、相方のデニス・ランバートは、
クレイグとは別の人と一緒に曲を作り、
幸運にも、その多くが世界中でヒットしたからだ。
でも、クレイグとデニスがふたりで組んで作ったレコードは、
平等で、公平で、争いのないものに思えた。
そんなレコードを、僕らはよく一緒に聴いたものだった。

季節が巡り、時が流れていく。
クレイグとデニスはコンビを解消し、
僕らもまた、ひとつの決めごとを解消した。
クレイグはソロになり、僕はひとりになった。

部屋の隅に置かれた電話のベルが鳴った。
説明を加えるなら、この頃僕は携帯電話を持っていなかった。
10回ほどコールした後、留守番電話にかわったところで、
電話は切れた。メッセージは残されなかった。
誰が、どんな顔をして、どんな気持ちで、電話をかけてきたのか、
僕にはわからなかった。特に知りたいとも思わなかった。

気がつけば、クレイグ・ナッティカムのレコードは終わっていた。
僕はもう一度針をおろすことにした。
1曲目の「レイニー・アイズ」がはじまった。
優しいクレイグの歌声を追いかけるように、
湿り気のあるサックスが聴こえてきた。
飲みかけのコーヒーは、すっかり冷めていた。
僕はそれを、流しに捨てた。

結局、この日、僕はどこにも出かけなかった。
外ではずっと細かい雨が降りつづいていた。
僕は柔らかい檻の中にいるような気分だった。
出かけようと思えば、出かけられたけど、
そうしなかったのは、雨が降っていたからだ。
もし雨が降っていなければ、
僕は支度をし、家を出て、約束を果たしたはずだ。

夕方になると雨はあがり、遠くの方で虹がみえた。
色が薄くて、すぐに消えてしまいそうではあったが、
それは、虹以外のなにものでもなかった。
僕は窓を開けて、しばらく空の向こうを眺めた。
虹はゆっくりとその力を失っていき、
周囲の音をのみ込んだまま、
夕暮れの空の中へ消えていった。

果たされなかった約束。
言葉にならなかった想い。
わかり合えなかった気持ち。
雨がすべてを洗い流してくれる。
地面にしみ込み、地下水と交わるまで
深く、深く、しみ込んでいくのだろう。
そうじゃなければ、
雨上がりの虹となって、
夕暮れの空へと消えていくのだ。

(2011.6.18 「Voices Inside」@Bar Cane'sにて朗読)
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by sandfish2007 | 2011-06-20 09:41 | diary | Comments(3)