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Sandfish Records Diary

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買うのに

 紆余曲折をつづけている引越の話。懸念だったローン審査が無事通って「わっ!俺でも組めた!」と低レベルに喜んだのも束の間、買おうとしてた物件をどっかの誰かがさくっと購入。「あちらは現金一括。値引き交渉もなしですからねぇ」とは不動産屋さんの弁。あ、そうですか…。

 まぁ、いいや。次いってみよう。今日もひとつ見せてもらうことになっている。今度はご縁がありますように。

 駅周辺では昨日から盛大なお祭りをやっている。お神輿が何基も出て、街中が昼間から酔っぱらいで溢れる。素晴らしい。僕も物件を見る前に少し覗いて、屋台で買い食いでもしようかな。夕方には藤沢が誇るミュージック・マスター2人が遊びに来るので、ディープ・ナイトは必至。体調を整えておこう。

 今朝はずっとボブ・ディランを聴いている。最近すごいボックスが発売されたばかり。聴いてみたいな。今日の物件とセット販売してないかな。買うのに。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2013-09-29 07:29 | diary | Comments(0)

僕が望むこと

 自分で言うのもなんだけど、僕の生活はいたって地味である。行動範囲は馴染みの酒場と海とアルバイト先。すべて徒歩で行ける範囲だ(自転車があると便利だ)。日常はシンプルで慎ましく、テンションが上がったりとか、高揚した気持ちが収まらないとか、そういうことは極たまにしかない。

 そんな毎日だけど、僕はけっこう気に入っている。もうちょっとお金があれば楽だろうなとは思うけど、困り果てるほどじゃない。できることの選択肢が少ないと、迷ったり悩んだりしないで済むし、いろいろ工夫するようにもなる。それはそれで、けっこう生きていく本質に近づくことだったりもする。

 いい仕事をして、それ以外の時間は安らぎがほしい。そんな風に考えるようになったのは、30歳を過ぎた頃からだった。ちょうど同じくらいの年齢で都会からウッドストックの田舎町に移り住んだジョン・セバスチャンやハッピー&アーティ・トラウムが、その後もその町で暮らしつづけ、リラックスした音楽を奏でていることにも、大きな影響を受けた。彼らのレコードから伝わってきたのは、僕が手に入れたい日常であり、見ていたい風景であり、いつも聞いていたいと思う温かな笑い声だった。

 だから、もっといい仕事がしたいし、できればずっとこの町で暮らしたいと思っている。穏やかな日々を過ごし、たまにテンションが上がったり、高揚した気持ちが収まらないようなことがあればいいなと思う。そして、家族や仲間の近くにいれたら嬉しい。それが僕の望みだ。あまり望み通りになったことがないので、ちょっと心配だけど。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2013-09-28 07:37 | diary | Comments(0)

来たるべき跳躍のために

 9月がじわじわと終わっていってる。昨夜は馴染みの隠れ処「海樹」へ。冷酒を呑んだけど、次に行くときは常温か、もしくはぬる燗になってるかもしれない。店に入るとエドウィナ・ヘイズの『コーヒー・タイム』が流れていた。つづいてグリフィン・ハウス『ボールズ』。どちらもしみじみとよかったのは、今の季節と無関係じゃない気がした。やっぱり秋はシンガーソングライターの季節なのだ。

 クロサギという魚の塩焼きを食べた。クセのない白身魚で、スズキや鯛に近い味がした。日本酒と焼き魚。エドウィナ・ヘイズとグリフィン・ハウス。なんだかしみじみと秋の夜長なのだった。

 特典用のレーベル・サンプラーを増産した。年内の新譜リリースは見送ることにしたので、旧譜をしっかりと売っていくとしよう。うちのカタログはどれも古さを感じさせない。音楽としての鮮度が落ちていない。そういう作品だけをリリースしてきた。このサンプラーを聴けば、きっとそれをわかってもらえるはずだ。20年以上会ってない友達が注文をくれた。嬉しかった。

 これから年末に向けて、ばたばたとせわしい日々がつづくだろう。焦らず落ち着いて事にあたろう。ひとつひとつクリアしていけば、確実に前進することはできる。大切なのはそれを実感することだ。そして、来たるべき跳躍に備えよう。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2013-09-27 07:28 | diary | Comments(0)

折り返したばかりのライフ・ゴーズ・オン

 昨夜、家でお酒を呑みながら、ぼんやりとレコードを聴いていた時、ふと何かを思いついた。それはなかなか興味深い内容で(あくまでも僕にとってはだが)、誰かに話したくなるようなものだった。「よし、明日の日記にはこのことを書こう」と僕は思った。でも、言いたいことを正しく伝えるためには、落ち着いて考察するが必要がありそうだった。このとき僕はお酒を呑んでいたから、そういうことはうまくできそうもない。そこで「まぁ、いいや。朝になってから考えよう」と後回しにしたんだけど、ほらね。なんのことだか全部忘れちゃったよ。僕はいつだってそうなんだ。

 結論その1:ほろ酔いのときはいい事思いつく。

 結論その2:そして、きれいに忘れる。

 結論その3:できれば鉄は熱いうちに打て(でも打てない)。

 というわけで、今のところ空っぽな朝を迎えている。ほんとに僕は何を書こうとしていたのだろうか?音楽的なことか?(昨夜はエルヴィス・コステロとドン・ヘンリーを聴いた)、反社会的なことか?(お酒を呑んで気が大きくなってたのかも)、明るい未来についてか?(そんなもんあるのか?)、悲しい噂か?(聞きたくない)、扇風機の清掃方法についてか?(今日やるつもり)、仕事のことか?(サボり過ぎ)。・・・全然わかんないや。もういいや。

 まとめ:酒と寄る年波の合わせ技にはかなわない(経験則)。

 今後もこんな風にしていろんなことを忘れ、諦めていくのだろうか?折り返したばかりのライフ・ゴーズ・オン。
 
 MIYAI
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by sandfish2007 | 2013-09-26 07:44 | diary | Comments(0)

ギョーザな夜の顛末

 昨夜、テーブルにギョーザが「ほいっ」と出てきて、ビールがコップに「じょわじょわっ」と注がれた。ギョーザの横にはおから、ナスとミョウガの和え物が並んでいた。僕は「ちびまる子ちゃん」のお父さんみたいな声で「おっ、いいじゃねーか」と言った(それ以外に何を言えばいいだろう?)。そして、エルヴィス・コステロの『マイ・エイム・イズ・トゥルー』をかけた。笑顔で乾杯し、「レッド・シューズ」を口ずさみ、ギョーザの写真をフェイスブックにアップした。

 それからブルース・スプリングスティーンの『ビフォア・ザ・フレイム』というデビュー前のデモ集を久しぶりに聴いた。とてもオフィシャルとは呼べない体裁のCDだが、内容は掛け値なしに素晴らしい。ちゃんと対訳がついてるのもありがたい。22歳のスプリングスティーンが書いた歌詞は、どれも詩的でロマンティックで映画のようだった。こんな風に言葉を綴れたら、どんなに素敵だろう。

 ギョーザはきれいになくなり、ビールも呑み干した。残ったおからとナスとミョウガを肴に、やっぱり残り物の日本酒をちびちびと呑んだ。ほどなくして日本酒がなくなったので、焼酎をロックで呑んだ。その間ずっとスプリングスティーンの歌詞を目で追っていた。例えば、それはこんな風だった。

 電話が鳴ってフックがはずれ落ちるとき
 国防省のかなりの詐欺師にお前の両足は盗まれていた
 お前は本でも書こうと考え始めているけど
 なんでもかんでも忠誠を誓ったりはしない
 
 ほろ酔いのときに口に出して読んでみると、なんだか自分がいっぱしの詩人にでもなったような気がした。どうやら少し呑みすぎたみたいだった。案の定、眠くなり、いつものように床で転寝をした。自分の家ってのは、気楽でいいものだと思った。

 朝に起きると、フェイスブックのギョーザの写真には、これまでで一番たくさんの「いいね」がついていた。今、僕はエルヴィス・コステロの『キング・オブ・アメリカ』をかけながら、この日記を書いている。このCDにも対訳がついててありがたい。「チョコレート・タウンでは、どの列車も茶色に塗ってある」。エルヴィス・コステロも変てこな歌詞をたくさん書く。そんなところが大好きだったりする。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2013-09-25 07:26 | diary | Comments(0)

月の季節

 今朝は『ネブラスカ』。外は曇り空。コーヒーは相変わらず黒い。ミルクを入れて色を薄める。今日から昼よりも夜の時間が長くなる。昨日、ラジオの収録があった。僕らはマイクの前で「月」の話をした。『ネブラスカ』は、儚い月の光に照らされたようなアルバムだと思う。

 秋分の日。分水嶺のように昼と夜が均等に分けられた。僕は午前中は外へ出て、午後は部屋で過ごした。インターネットで良さそうな物件を見つけたので、それが平坦な土地にあるのか、それとも坂の途中にあるのかを、確めに出かけた。それは平坦な細い裏道に面して建っており、隣は空き地になっていた。犬を連れた通りがかりのおじいさんが、そこには県道が通る予定だと教えてくれた。でも、周囲の緑を残すことになれば、通らないかもしれないとも言った。緑は深く茂り、奥には池があるのだと、そのおじいさんは付け加えるようにして言った。

 僕らは少し遠回りをして、途中のマクドナルドで昼食用にフィレオ・フィッシュとダブル・チーズ・バーカーをテイク・アウトした。それからは自宅のリビングに腰を落ち着けて、トイレに行く以外は部屋を出ようとしなかった。妻はノート・パソコンを開き、僕は読みかけの小説を読んだ。6畳間にふたりだけなのに、僕らはあまり言葉をかわさなかった。外は曇り空で、陽はたまにしか射さなかった。それでも時計は正確に秒針を刻み、やがて夜がやって来た。

 赤魚と焼きナスと冷やしうどんを拵えて、日本酒と一緒に食べた。それから僕はラジオの収録に出かけた。外では雨が降り出していた。収録後、番組のパーソナリティーである友人が、先日訪れた大船渡の話をしてくれた。帰宅すると、妻がテレビで観た女川さいがいFMのドキュメンタリーの話をしてくれた。そこには不思議な符号があり、被災した当事者にしかわからないことがあるんだという現実を(圧倒的な現実を)、僕に語りかけてきた。

 今日から昼よりも夜の時間が長くなる。しばらくの間、太陽よりも月が世界を照らすようになる。どうか優しい光に包まれますように。その光がいくらかでも、ロマンティックなものでありますように。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2013-09-24 07:21 | diary | Comments(0)

Happy Birthday, Bruce!

 今日は敬愛するブルース・スプリングスティーンの誕生日。64歳なりました。心からおめでとうございます。巷じゃちっとも話題になってないけど(まぁ、しょうがないけど)、今年はデビュー40周年のメモリアル・イヤー。デビュー・アルバム『アズベリー・パークからの挨拶』が発売されたのが1973年1月5日(なぜかこういう日付だけは忘れずに覚えている)。僕はといえば、ようやく3歳になろうとしていた頃だ。

 このデビュー・アルバムは、すぐには売れなかった。でも、この年に発売されたどんなレコードよりも突出した要素をもっていた。それは溢れ出るイマジネーションと抑えられない情熱。磨かれた原石が放つ光はあまりにまばゆく、可能性に満ちており、目が眩むばかりだ。

 デビュー前、スプリングスティーンはセッション・ミュージシャンの仕事をしようとはしなかった。彼にとって音楽を演奏することは、お金を稼ぐだけの為のものではなかったからだ。そして、いざソロ・デビューが決まると、レコーディングには迷わず地元の仲間を呼び集めた。どちらもブルース・スプリングスティーンらしい話だと思う。このアルバムには、僕の好きなエピソードがある。発売当初、期待していたほどレコードが売れず、マネージャーから「まだ2000枚くらいしか売れてないんだ」とすまなそうに言われたとき、スプリングスティーンは「俺のレコードを2000人も買ってくれたのかよ!」と喜んだというものだ。誰よりも強い野心を持ちながら、彼にはそういうところがあったのだろう。

 あれから40年が過ぎた。スプリングスティーンが歳を重ねるに従い、歌の主人公もまた成長していった。そして、限定された個人から、より普遍的な人々の物語へと変化していった。その過程で失われたものもあった。しかし、スプリングスティーンが一貫して持ち続けたのは、こうしたピュアネスなのだと思う。それはこのデビュー・アルバムにもむせかえるほど息づき、今も僕の心を揺さぶるのだ。

 いつもたくさんの勇気と示唆をありがとう。あなたの歌を人生の一部にできてよかった。心からの愛情と尊敬と感謝を込めて。

 Happy Birthday, Bruce!

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2013-09-23 07:53 | diary | Comments(0)

43年目のペイパーバック・ライター

 ビートルズの名曲「ペイパーバック・ライター」。作家志望の青年が編集者に宛てた手紙をモチーフにした歌詞。僕は高校生の頃から文章を書くのが好きだったので、この歌詞に親しみを覚え、よく面白がって聴いたものだった。発売当時(1966年)ちょうどビートルズの日本公演があり、この曲が来日記念盤だったという。プロモーション・ビデオは本当にかっこよくて、ルックス的にはこの頃のビートルズが一番好きだったりする。

 昨晩、とあるディープ・スポットで僕は「ペイパーバック・ライター」を聴いた。当時イギリスで発売されたときの古いシングル盤で、モノラル録音だった。オープニングの印象的なコーラスの後、エレクトリック・ギターのリフが始まった瞬間、僕は身をのけぞらすことになった。思わず声を上げた。あまりに衝撃的で暴力的な音だったからだ。例えて言うなら、曇った車のフロント・ガラスをワイパーで拭き取ったとき、目に飛び込んできた鮮やかな景色を思わせた。遠くからではわからなかった山の岩肌の荒々しさや、海に入ってみて知った波の凶暴さを思わせた。それは確かにこれまで何千回と聴いてきた「ペイパーバック・ライター」だったが(ほんと何回聴いたんだろ?)、同じものにして同じものではなかった。うまい言葉が見つからないのだが、言うなれば、この歳にしてようやく巡り合った「43年目のペイパーバック・ライター」だった。

 興奮は時間がたってもくすぶった火種のように胸の底に残りつづけた。あのエレクトリック・ギターのリフが鳴り響いたときの衝撃。ドライブする中低音の魅力。バンドがひとつにまとまり、ほとばしる情熱とクールなセンスが押し引きを繰り返しながら、巨大な音の塊を聴く者にぶつけてくる。そこあるのは、高いミュージシャン・シップとすぐれた録音技術。それをヴィニール盤に刻み込むカッティングの巧みさだ。「当時は今のように高性能な再生機はなかったのに、それでも彼らはこれだけの録音をしていたんだよ」と先輩が言った。凄みとは、深みとは、そういうことを言うのだと思った。

 43年目のペイパーバック・ライター。
 
 MIYAI
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by sandfish2007 | 2013-09-22 10:28 | diary | Comments(0)

フレンチ・トースト

 静かな朝なり。いつものようにコーヒーを入れてみる。CD棚からアントニオ・カルロス・ジョビン&エリス・レジーナの『エリス&トム』を選んだりする。これ聴くの何年振りだろう?なんとなく喫茶店のモーニングが食べたくなった。そんな自分の貧困な発想を恥じ、この名盤に対して申し訳なくなってるところ。すまん。

 でも、そんな気分になっちゃったので、朝食を作ることにした。バター・トースト、スクランブル・エッグ、レタスとハムのサラダ。コーヒーはおかわり自由。そういや、缶詰のフルーツ・ポンチがあったな。フルーツ・ポンチって、随分と昭和的な響きですね。ほんとはフレンチ・トーストが食べたいのだけど、作ったことないから諦める。いつかまた。今度。

 フレンチ・トーストといえば、映画『クレイマー、クレイマー』の中で、ダスティン・ホフマンが息子に作ってあげるシーンを思い出す。妻が出て行った朝、起きてきた息子に何が食べたいか訊ねると、息子はフレンチ・トーストが食べたいと答える。で、作ろうとするんだけど、まぁ、作れないわけでね。あれはいいシーンだったな。あんな目には合いたくないものだ。

 子供の頃、お袋がときどき朝食にフレンチ・トーストを作ってくれた。いつものトーストよりも特別な気がして、嬉しかったものだ。メイプル・シロップをたっぷりかけて食べたのを覚えている。

 ますますフレンチ・トーストが食べたくなってきたな。馴染みの音楽バー「サウサリート」のフレンチ・トーストは美味しくてお勧め。今度久しぶりに注文しよう。子供から大人になって、フレンチ・トーストも朝の食卓から夜のバー・カウンターへと居場所を移したのか。そういうのって、フレンチ・トーストに限らず、さがせは他にも見つけられそうだ。何事も同じ場所にいつまでもあるわけじゃない。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2013-09-21 07:16 | diary | Comments(0)

月がきれいな夜に

 晴天がつづいてるわけだしと、布団を干した。陽射しをたっぷりと浴びて、乾いた風にさらされた布団は、やっぱり気持ちがいい。普段は誰かが泊まりに来たときしか使わないのだけど、さすがにもったいないので、昨夜は僕がそれにくるまって寝た。

 海沿いのサイクリング・ロードは、台風の影響で一部通行止めになっていた。海は湖のように静かで、数日前の荒れた様子を想像するのが難しいくらいに平和だった。力いっぱいペダルを踏んでも、それほど汗をかかなかった。

 サンプラー用のCDケースがどっさり届いたので、ジャケを入れていった。プリンターのインクが切れたので注文した。うちの音楽を気に入ってくれそうな音楽バーやカフェをネットでさがしてみたが、よくわからなかった。僕は椅子の背もたれに体重をかけて、うちの音楽が幅広く聴かれるための方法を考えてみた。ただ届けるだけじゃダメだ、大切なのはどうやって届き、その人の心に残るかだ。そのためには、目に見えない何かが必要だった。

 「サウサリート」に新しいCD棚ができたというので、お酒を呑みがてら見に行った。「ロケット・デリ」のコータローくんが作ったというその棚は、色合いといい佇まいといい、まるでずっと前からそこにあったかのように馴染んでいた。うちのCDもきれい並べてくれてて嬉しかった。サンドフィッシュの音楽が「サウサリート」の棚に並ぶことで、新たな魅力をもつようになる。それはとても大切なことだ。

 帰り道もそんなことを考えながら歩いた。空ではきれいな月が優しい光を放っていた。

 MIYAI
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by sandfish2007 | 2013-09-20 08:03 | diary | Comments(0)