ブログトップ

Sandfish Records Diary

sandfish.exblog.jp

<   2015年 05月 ( 24 )   > この月の画像一覧

平和な日曜日の朝

 いつものように夜が明けて、いつも通りの朝がやってきた。初夏の匂い。鳥のさえずり。トーストとコーヒー。平和な日曜日。

 昨夜、夕食を済ませ、ソファーに寝転んで本を読んでいたときに地震があった。しばらくの間大きく横に揺れて、数分後におさまった。テレビをつけると、震源地は小笠原で、最大震度5強、マグニチュード8.5。僕が住む神奈川県藤沢市は震度4だった。日本中が、北から南まで、多かれ少なかれ、揺れたようだった。

 そのとき僕が読んでいたのは、仙台在住の作家のエッセイで、ちょうど4年前の大震災のことが書かれていた。言い方が適切ではないかもしれないが、随分とタイミング良く地震がきたものだと少し驚いた。そして、震災があったときのことがいろいろと思い出された。

 文章からは作家自身の戸惑いが伝わってきた。それはそのままあのときに感じた僕の戸惑いでもあった。僕自身に被害はなかったが、心のどこかが損なわれた。途方に暮れ、無力感と、虚しさと、どこか後ろめたい気持ちに包まれた。自分は被災した人達の気持ちを本当に理解することなど絶対にできないのだという厳然たる事実を前に、ただ立ち尽くしていた。音楽を聴く気にもなれず、CDを売ってる場合ではないと思った。だからといって、なにもできず、結局、いつも通りの日常をつづけることにした。僕にはそれしかできなかったし、そうするべきだとも思っていた。でも、その日常は以前と同じようでいて、もう同じではなかった。確実には何かが変わってしまっていた。

 昨日の地震がおさまった後、エッセイのつづきを読みながら、僕はいろんなことを思った。震災当日、仙台は停電し、電気の点かない一夜を過ごしたそうだ。つまり、そのときはまだあの恐ろしい津波の映像を、仙台の人達は見ていなかったことになる。朝を迎えて外に出ると、見知らぬ近所の人と目が合い「大変なことになりましたね」と自然と挨拶を交わしたと書かれていた。そうした話のひとつひとつが、東北から400キロほど離れた場所にいる僕にも、あの日のことをまざまざと思い出させた。

 あとがきに「震災に関する原稿依頼はすべて断った」と書かれていた。唯一、地元紙からのこのエッセイの依頼だけは受けたという。少しでも力になりたいという気持ちと、作家自身の為に引き受けたのだろう。優れた物書きがこうした文章を残してくれたことに、僕は感謝した。

 あれからいくつもの新しい朝を迎え、僕は今日も生きている。初夏の匂い。鳥のさえずり。トーストとコーヒー。平和な日曜日の朝。

 MIYAI
[PR]
by sandfish2007 | 2015-05-31 07:46 | diary | Comments(0)

できればの話

 ぐっすり寝たので、気分も体もすっきりなビューティフル・モーニング。起きがけに外へ出れば、今がとてもいい季節であることがわかる。ベランダに置くためのゆったりと座れる椅子がほしいなぁと思ったりする。狭いのでアウトドア用の折り畳めるタイプがいい。暖かな陽射しを感じて、爽やかな風に吹かれて、新緑に目を細めながら、星野道夫の本を読みたい。夜になったら月を見上げるのもいい。そして、ゆっくりと息を吐き出すのだ。雨の季節がくる前に。

 昨夜の僕はとても疲れていて、レコードをターンテーブルにのせると、すぐソファーに横になった。レコードを聴くのはなんだか久しぶりで、スワンプウォーターのファースト・アルバムを聴くのなんて、それこそ何年ぶりだった。1曲目の「ルイジアナ・ウーマン」から懐かしい気持ちにかられ、リーダーのギブ・ギルボーが南部の出身であることを思い出した。お気に入りは「キャスリーン」で、これはギターのジョン・ビーランドが書いている。僕が持っているのは再発盤らしく、ライナーノーツに「10年前の作品だが少しも古くさくない」と書いてあった。1970年に発売されたレコードだから、僕と同い年ということになる(後日注;1969年発売とのこと。失礼しました)。45年もたつとさすがに古い音楽にはなっていたけれど、美しいことに変わりない。

 そして、美しい朝。今日みたいな日にスワンプウォーターのレコードを聴いたら、きっと気持ちがいいだろう。ケイジャン風のフィドルにストリング・ベンダーの浮き立つような響き。できれば窓を開けて、ベランダに置かれた椅子に座って、心をリラックスさせながら聴きたい。もし近所迷惑なら部屋の中でも構わないけど。できればの話。

 MIYAI
[PR]
by sandfish2007 | 2015-05-30 07:06 | diary | Comments(0)

選択肢は常にある

 昨日はラジオの収録だった。テーマは「お酒のない生活」。僕の人生は半分以上がお酒にまみれている。おかげで楽しいこともたくさんあったが、同時にいくつかの支障をきたしたりもする。つまり、お酒がないと楽しめない、人とうまくコミュニケーションがとれない、心を開けない等々、お酒に頼って生きてきたツケみたいなものだ。

 お酒がなくても楽しく生きていけるはずだし、そのことは僕も理解している。ただ、うまく想像することができない。そこでお酒をやめて4年以上がたつ友人に話を聞いてみようというのが、昨日の収録のテーマだった。

 友人はこう言った。「お酒を呑むと楽しくなって盛り上がった気になるでしょ。でも、シラフになってみてわかったんだけど、みんなどんどんスローになっていく。ダウナーなんだよ」。確かに酔っぱらうと思考力が低下するから、テンポが早くなるわけがないのかもしれない。で、翌朝はぐったりしていると。なるほど、そういうことか。一番困るのは、翌日仕事にならないことだ。進むべきことが進まず、すべてが停滞し、気分が落ち込む。いい事なんてありゃしない。これだけはなんとかしたい。

 僕がお酒を呑むのはもはや習慣であって、そこに思考らしい思考は介在しない。天気がいいとビール。ギョーザを見るとビール。刺身を見ると日本酒。パスタにはワイン。ベイスターズが勝つと乾杯。風呂上がりにはプハァー。ただの習慣であって、なにも考えてない。なにか考えないといけない。でも、なにを考えたらいいのだろう?僕は友人にいくつか質問をした。

 MIYAI:ギョーザを食べるときは何を飲むの?
 友人:お茶かな。
 MIYAI:まぁ、合うよね。ピザには?
 友人:コーラ。
 MIYAI:合うね。1日の仕事が終わって帰宅したときは?
 友人:まず、ご飯を食べる。それからコーヒーかな。
 MIYAI:いいね。暑い夏の日は何を飲むの?
 友人:暑い日に熱いお茶を飲んだりするよ。
 MIYAI:あぁ、美味しいよね。ほっとするし。
 友人:そうそう。

 友人の言うことを僕はことごとく理解できた。つまり、お酒以外にも選択肢はあるということだ。ギョーザだからといってビールを呑まなくてもいいのだ。「いやぁ、いい話を聞いたなぁ」と僕は満足し、ふらふらと馴染みの酒場へ。そこではリハ帰りのミュージシャン達が素晴らしい弦楽四重奏を奏でていた。僕は嬉しくなって、ウイスキーをおかわりした。いい気分で帰宅すると、妻がほろ酔いで待っていて、家のアルコールは1滴も残っていなかった。ふむ…。

 結論:少しづつ変わるくらいがちょうどいいのかもしれない。

 今日は野球観戦へ。おそらく、ビールを呑むだろう。で、ベイスターズが勝ったら…(以下省略)。でも、もう僕は知っている。選択肢は常にあるのだ。

 MIYAI
[PR]
by sandfish2007 | 2015-05-28 09:15 | diary | Comments(0)

連絡が取れない

 音さがしの旅。最近出したオファーは2回つづけてまとまらなかったけど、懲りずにつづけている。幸いまた素晴らしい作品に巡り会うことができた。とにかくセンスがいい。アルバムは統一感をもたせながらも、それぞれの曲の表情はバラエティに富んでいる。ジャケも素敵だ。「これはいいぞ」と僕はいつものように興奮し、そのアーティストのことを調べ始めたのだが、なんとまったく情報がない。

 完全な自主制作で、おそらく音楽が本職ではないのだろう。どこのレーベルにも所属しておらず、個人のホームページも持っていない。ソーシャル・ネットワークをさがしても見当たらない。つまり、連絡が取れない。むーん…。こんなことは初めてだ。というわけで、またもや頓挫。今回はオファーを出すことさえできなかった。まぁ、仕方がない。次をさがそう。

 とはいえ、さすがにストレスがたまってきたので、気分転換に妻が図書館から借りてきた本を読んだ。伊坂幸太郎の『あるキング』。弱小プロ野球チームを軸にした物語で、引き込まれるようにして一気に読んだ。そして、(毎度のことながら)つくづく感心させられた。どうすればこんなに次から次へと面白い話が思いつくのだろう。一度伊坂氏の頭の中を覗いてみたいものだ。

 本を読んで、ぐっすり寝て、気分も晴れた。明日はチケットをいただいたので、最近強い元弱小チームを応援しに行こう。

 MIYAI
[PR]
by sandfish2007 | 2015-05-27 07:08 | diary | Comments(0)

寝耳に水

 僕が住むマンションの真横には、道路建設用の土地がある。50年以上前に計画された工事だが、豊かな緑を壊すなという住民の強い反対でまだ着工していない。ところが、昨日のこと。そこに「ご迷惑をおかけします。道路を新しく造ってます。平成27年7月31日まで」と書かれた看板が立てられていた。

 寝耳に水でびっくりしたが、思えば「そういうことかよ」と合点がいった。例えば、最近になって古い建物が取り壊されて更地になった。僕は「何ができるんだろう?スーパーだといいなぁ」と想像を膨らませていたのだが、こういうことだったのだ。隣接するカー・ディーラーの移転も決まった(近くに移転先の新しいビルが建った)。僕らの知らないところで、計画再開に向けての準備は着々と進められていたことになる。

 なんだか気に入らない。道路を造ることもそうだが、やり方が汚い。住民に反対されて計画が頓挫していたのなら、着工するにあたってなんらかの説明はあって然るべきだと思う。じわじわと外堀を埋めて既成事実を作っていくやり方は、釈然としない。昔どこの誰が許可したのかは知らないが、50年前と今とでは事情が異なるはずだ。それを上からの力で押し通すのは乱暴だと思う。

 この周辺は南藤沢で唯一残った大きな緑地だ。たくさんの動植物が生存しており、鳥獣保護区にも指定されている。そこに渋滞緩和の為のバイパス道路を通そうという。どうかやめていただきたい。今の静かな生活を奪わないでほしい。まずは話し合う機会をもうけるべきではないのか。僕らにもそれくらいの権利はあると思う。

 MIYAI
f0182140_631588.jpg

[PR]
by sandfish2007 | 2015-05-26 06:33 | diary | Comments(0)

ありがとう

 昨日は夕方に出かけて、いつもは日曜日が定休日の馴染みのバーへ。先日亡くなった千葉はなさんを仲間と一緒に偲んだ。熱心なファンの方が、お葬式の様子や、はなちゃんの人柄が伝わってくる話を聞かせてくれた。みんなで生前の映像を観たり、羊毛とおはなの音楽を聴いたりした。6曲の生演奏もあった。飾られた写真を眺めながら、はなちゃんの声で聴き慣れた歌を、違う人が唄うのを聴くのはどこか不思議で、悲しく、同時に歌が受け継がれていくことを嬉しくも思った。想い出話に笑いながら、ふと黙りこむ人がいたり、涙ぐむ人がいたのは、仕方のないことだった。

 音楽は目に見えない分、心の中に居場所を見つける。形がないからこそ、何物にもとらわれない。そこが音楽のいいところだ。僕らはそれを抱きしめながら生きている。過ぎ去った時間と一緒に。楽しかった想い出と一緒に。

 これからも聴きつづけよう。天国にいるはなちゃんのことを考えながら、そんな風に思った。美しい音楽を、楽しかった時間を、この胸の痛みを、ありがとう。

 MIYAI
[PR]
by sandfish2007 | 2015-05-25 09:14 | diary | Comments(0)

Watching the River Flow

 今日はボブ・ディランの74歳の誕生日。なので、曇り空の日曜日だけど、すべからくめでたいのだ。2月に発売された新作をまだ買ってないなぁと思いつつ、昔のディランの歌を聴いている。

 このCDは、かつて入院していた僕に親父が買ってくれたものだ。ほぼ寝たきりの状態からどうにか手が自由に使えるようになった頃、音楽好きだった僕に親父が言った。「好きな歌を聴けば気が晴れるだろう。欲しいCDを買って来てやる」。僕はローリング・ストーンズとボブ・ディランのベスト盤が欲しいと伝えた。翌日、親父はソニーのCDウォークマンと一緒にストーンズの『ホット・ロックス 1』とボブ・ディランの『グレイテスト・ヒッツ Vol.2』を買ってきてくれた。入院中、僕はこれらのCDを繰り返し聴いた。しかし、当然のことながら、ストーンズの『ホット・ロックス 1』を聴くと『ホット・ロックス 2』の方も聴きたくなり、ディランの『グレイテスト・ヒッツ Vol.2』を聴くと『Vol.1』のことが気になった。でも、これ以上のものねだりはしなかった。ただでさえ心配をかけ、迷惑をかけていたから。

 そんなことも思い出しつつ、今朝はボブ・ディランの『グレイテスト・ヒッツ Vol.2』を聴いている。アルバムは、レオン・ラッセル達をバックに従えたスワンプ・サウンドの「ウォッチング・ザ・リバー・フロウ」から始まる。何が起ころうとも、砂山の上に座って、川が溢れるのを眺めている。そんな歌だ。発売されたのは1971年。僕は1歳で、言葉を話すことも2本足で歩くこともできなかった頃だ。そんな僕が大人になり、ボブ・ディランは今も歌いつづけている。時間とは川の流れのようなものだ。ディランの川は流れ、僕の川もまた流れつづけている。で、ときどき溢れたりもする。

 MIYAI
[PR]
by sandfish2007 | 2015-05-24 06:43 | diary | Comments(0)

健康あってこそ

 我が家で猛威をふるった風邪菌もようやくいなくなり、今は余韻を残す程度となった。今朝は体が軽い。天気もいい。美味しいものが食べたい。

 昨日はくたっと疲れて帰宅すると、妻がグラタンを作っていた。「あたし、オーブンで焼こうと思うの」と彼女は言った。築20年以上の中古マンションに引っ越してきて1年半。そのオーブンは新築時に設置されたもので、中を見た限り一度も使われた形跡がないくらいピカピカである。「使える…よな?」と顔を見合わせつつも、これまで躊躇してきた。それを彼女は使いたいと言うので、いい機会だと思った。スイッチを入れ、調理ボタンを押した。オーブンは長い眠りから覚め、何事もなかったかのように熱を帯び、見事にグラタンを焼き上げてみせた。その様子を僕はそばに座ってじっと眺めていた。なぜか感動した。パリッと高温で焼かれたグラタンは、とても美味しかった。

 横浜スタジアムではベイスターズ対タイガースの試合が行われていた。序盤で5点を奪われたベイスターズは劣勢ムードだった。しかし、筒香のひと振りがすべて雰囲気を変えた。ボールはほれぼれするような美しい放物線を描いてライト・スタンドの最上段に飛び込んだ。あんなにきれいなホームランを見たのはいつ以来だろう?思わず胸を押さえてしまうくらい感動した。勢いに乗ったベイスターズはそれから5点差をひっくり返し、劇的なサヨナラ・ゲームをものにした。試合後、僕はヤフオクでベイスターズの帽子を入札した。

 グラタンであれ野球観戦であれ、健康であってこそ楽しめる。いや、具合が悪くても楽しめることは楽しめるけど、健康に越した事はないだろう。風邪が治ってよかったなと本当に思った。

 MIYAI
[PR]
by sandfish2007 | 2015-05-23 07:34 | diary | Comments(0)

我が町

 昨日は音さがしをするも成果なし。「まぁ、病み上がりだしな」と無理せずさっくり諦めて、なんとなしに自分が住む町の歴史を調べてみた。

 旧石器時代の石器が発見されたり、縄文から弥生時代にかけての横穴墳墓がいくつも存在することから、ここはかなり昔から集落だったらしい。平安時代には、後三年の役での武勇で知られる鎌倉権五郎影政の平氏に統治され、彼を祀った神社がある。絶頂期は小田原の北条氏の支配下にあった戦国時代で、川沿いに市場がおかれ、うちから歩いて数分のお寺から神社にかけてが門前町として栄えたらしい。今では見る影もないけど。

 暗黒時代は、徳川家康の支配下に入ってから。谷間の地形でただでさえ米の収穫が少なく、ふたつの川の合流地点の為たびたび水害に苦しめられていたが、藤沢が参勤交代で整備された東海道の宿場に指定されたことで、その人足や馬の補充も行うよう命じられて、随分と困窮したそうな。さらに幕末には異国船防衛の為の人足も取られるにいたって、生活苦は絶頂へ。「このままでは生きていけません」と宿場のサポートを免除してくれるよう泣いて訴えたらしい。今もあまり裕福な雰囲気がないのは、その頃からの伝統か。ま、偉そうじゃなくていいけど。

 その後は周辺の村との合併や藤沢市への編入があり、1960年代に今の状態に落ち着いたみたい。自分が住む町の歴史を知ると、愛着がわいて楽しいな。これからのこの町の行く末を見守っていきたい。

 MIYAI
f0182140_7423235.jpg

[PR]
by sandfish2007 | 2015-05-22 07:42 | diary | Comments(0)

学び

 雷鳴に起こされ、また寝て、鳥のちゅんちゅんという鳴き声で目が覚めた。なかなか振り幅の大きなダイナミック・モーニング。僕は風邪っぴきから抜け出し進行中。少々かったるいものの、熱は下がった。

 長年の貧乏生活がたたったのか、僕の平熱は35.5度と低い。ある時期から自分でも代謝が悪くなっているのを感じていた。体温が低ければウィルス退治にも時間がかかるので、風邪の抜けも悪くなる。「よし、平熱を上げるぞ」と風邪をひくたびに思うのだけど、すぐに忘れてしまう。今度こそ心に刻みつけたい。

 夫婦間バトン・リレーのようにして風邪をひいたので、お互い遠慮したのか、気がつけば1週間ほどお酒を呑んでいない。「そうか、家で酒を呑まないとはこういう感じなんだな」という懐かしい感覚を思い出した。今後の生活に生かしていきたい。

 風邪であれなんであれ、そこから学ぶことはある。大切なのは何かを学んでいるかどうかだと思う。

 MIYAI
[PR]
by sandfish2007 | 2015-05-21 06:41 | diary | Comments(0)