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Sandfish Records Diary

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ナミヤ雑貨店の奇蹟

 近所のリサイクル・ショップで50円で売られていた文庫本。東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇蹟」。4月は九州で大きな地震があったり、プリンスが亡くなったり、ブライアン・ウィルソンとボブ・ディランの来日公演があったり、エリック・クラプトンを観れなかったり、レーベルの流通変更があったり、ニューリリースの交渉をしたり、アルバイトのプチ異動があったりと、何かにつけ落ちか着かない日々を過ごしていた。のんびりと本を読みたい。できれば難しいことは考えないで済むくらいに軽妙で、ぐいぐいと読み進めることができる面白い小説がいい。そんな気分で手にとったところ、これが大当たりだった。

 とある過去の1日と、とある未来の1日が、ひとつの理由で重なり合う。様々な人生が交錯する。愚かで、優しくて、どこかひたむきだから、おかしい。僕は読みながらくすくすと笑い、一度は目に涙を浮かべ、最後は胸に手を当てることとなった。心の柔らかいところをぐにゅぐにゅと揉まれ、清々しいような、切ないような、何度も溜息をついてしまうような気分になっていた。できすぎな話ではあるかもしれない。しかし、そんなことは作者も十分わかって書いたはずだ。だって、これくらいでき過ぎてなければ、こんな素敵な話は書けるはずがないのだから。いいタイミングで期待してた以上の小説を読めたことが嬉しかった。

 それにしても、東野圭吾に限らず売れっ子小説家というのは凄いものだ。どうしたらこんな話を思いつくのだろう?一度頭の中を覗いてみたいものである。
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by sandfish2007 | 2016-04-30 06:35 | Comments(0)

ボブ・ディラン@パシフィコ横浜(2016.4.28)

 小雨降りしきる夜、横浜の港に隣接する会場までボブ・ディランを観に出かけた。そのライヴは僕の中にある懸念や不安を一掃するような素晴らしいものだった。

 2010年の来日公演、9年振りに観たディランに僕は老いを感じた。歌もギターのフレーズも少しだけ入りが遅れてしまう。反射神経が鈍ったのだと思った。長年連れ添ったツアー・バンドが、そんなディランをうまくサポートしていたからそれほど目立たなかったかもしれないが、僕は気になった。

 2014年の来日公演、ディランはギターを持つのをやめていた。キーボードは弾いたが、重要なフレーズを担うことはなく、歌のテンポをとるために鍵盤を叩いているように見えた。曲によっては楽器を持たずにマイク・スタンドの前に立った。その姿はどこかぎこちなかったけれど、歌が以前のような遅れることはなくなった。同時に、バンドの演奏も潤滑になった気がした。サウンドはより一層終末感を漂わすようになり、暗い照明の効果もあってリアリティを増していた。
 ディランは老いという現実を受け入れ、それにアジャストする形でできることをやってみせている。僕はそこにアーティストとしての真摯さと、強靭な精神力を感じた。これはとても偉大なことで、ディランだからこそできるのだろうと思った。僕はディランへの尊敬を深めた。

 しかし、ディランはそんな僕の認識を軽々と飛び越えてみせた。昨夜の演奏は未来へと開かれたものだったのだ。僕はいつしか自分がディランに対してある種の枠を作っていたことに気づいた。かつてのようには歌えないし弾けない。でも、その中でできることをディランはやっている。そこが凄いのだと、そんな風に考えていた。しかし、本当にそうだったのだろうか?
 昨夜、枠は取り払われていた。ディランの頭上に天井はなく、夜空にたくさんの星が輝いているみたいだった。ディランは楽器を持たずにマイク・スタンドの前に立った。さりげなくとるポーズが決まっていた。年輪を重ねたヴォーカルが心に深く響いた。高齢になったディランの歌声に聴き惚れるなど、僕は想像さえしていなかった。ピアノを弾くときには、時折強く鍵盤を叩き、意識的にアクセントをつけていた。バンドとの一体感も素晴らしく、演奏から終末感は薄れていた。それは夜明けが近いことを僕に思わせた。

 胸にふつふつと湧き出した感動は、終演後も収まらなかった。こんな生き方があるのか。ディランは75歳を目前にして、また新しい荒野へと踏み出していた。そのことはひとつの真実を僕に示唆しているように思えた。つまり、年齢は可能性を奪わない。音楽から、ディランから、また人生を学んだような気がした。会場の外に出ると、雨は上がっていた。海から吹く風が心地よかった。その風は夜空へと舞い上がり、どこまでも昇っていくようだった。
 
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by sandfish2007 | 2016-04-29 12:19 | diary | Comments(0)

ボブ・ディランの日

 今日はボブ・ディランの日。パシフィコ横浜までディランに会いに行ってくる。外は雨。1日降りつづくらしい。ディランにも雨にまつわる歌がいくつかある。例えば、「激しい雨が降る」、「雨の日の女」、「アーリー・モーニング・レイン」、「雨のバケツ」、等々。クラプトンに提供した「ウォーク・アウト・イン・ザ・レイン」なんてのもある。さがせば他にもありそうだ。

 というわけで、雨にけむる横浜へ。傘をさしてボブ・ディランのライヴを観に行くというのも、それはそれでオツなもの。どのTシャツを着て行こうか。「パープル・レイン」は…さすがに演らないだろうな。

 今回もほぼ1ヶ月かけて日本公演を行っているボブ・ディラン。今日が最終公演であり、日本における100回目のライヴなのだそうな。僕がディランを観るのは今日で13回目(さっき数えた)。そういえば、20年くらい前にクラプトンの100回目の日本公演も観ている。確か花束贈呈とかしていた。今夜もそういうことがあるのだろうか(なくていいと思う)。

 ディランはステージで特別なことはしない。今できることをやるだけだ。そこがかっこいい。
 
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by sandfish2007 | 2016-04-28 07:52 | diary | Comments(0)

昨夜から今朝にかけて

 アルバイトから帰宅すると、テレビでは野球中継がやっていて、ベイスターズが3点リードしていた。よく冷えたビールがコップに注がれ、テーブルにはチキン南蛮。僕はそれにタルタルソースをたっぷりかけた。全方位的になごやかな時間。ところが、試合中盤から相手チームの快音がつづき、気がつけばベイスターズは4点差で負け。川の流れが淀むように、なごやかな時間はどんよりとした時間へ。これではいけないと、レコードをターンテーブルにのせた。ダグ・サーム&バンド。陽気な演奏が空気を気楽なものに変えてくれた。ほっとひと息つき、50円で買ってきた推理小説を読むと、それは愚かで優しい物語だった。

 今朝はニューリリース候補の音源を聴きながら、コーヒーを飲んでいる。静かで誠実な歌が心地よい。現在、返事待ち。でも、ほぼ決まりと言っていいのかな?そうだといいな。

 ニューリリースの準備に、流通変更など、やることがたくさんある。幸いゴールデン・ウィークはアルバイトが休みなので、まとめて仕事ができそうだ。早くアルバイトをしないで済むくらいになりたい。
 
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by sandfish2007 | 2016-04-27 07:33 | diary | Comments(0)

明後日はボブ・ディランのライヴ

 朝起きると窓を開け、部屋の空気を入れ替える。数日前から洗濯物を外で干すようになった。外出するときにマスクをしなくなった。コンタクト・レンズをするようになった。花粉症の季節は終わり、僕にも本当の意味での春がやって来た。

 今月はいろいろなことがあって、心落ち着かない日がつづいたけど、それも徐々に落ち着きつつある。明後日はボブ・ディランのライヴを観に行く。気持ちを集中できそうでよかった。

 2年前に観たディランは素晴らしかった。老いと対峙しながらも、その年齢だからこそできる表現を摸索していた。サウンドから漂う終末感は一層強まり、楽器をあまり弾かずに歌うことに徹する姿にも、ディランの強い意志を感じた。ディランは今も旅人なのだと僕は思った。旅とは立ち止まらずに先へ進むこと。あのときもディランは未来を見据えてステージに立っていた。今年はどんな演奏が聴けるのだろう。ディランのライヴは生き様そのものだ。ノンフィクションなのだ。

 外では緑は生い茂り、鳥の澄んだ鳴き声が聞こえる。いい季節になった。今日もコンタクト・レンズをして出かけよう。
 
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by sandfish2007 | 2016-04-26 07:27 | diary | Comments(0)

プリンスのラスト・ライヴ

 プリンスのラスト・ライヴがインターネットにアップされていたので聴いている(こちら→link)。4月14日のアトランタ公演・夜の部(この日は昼夜2公演だった)。ピアノによるソロ弾き語りで、才気ほとばしる歌と演奏を聴くことができる。この翌日にプリンスは病院へ緊急搬送されるのだが(数時間後には帰宅)、このときの演奏から体調不良の気配は微塵も感じられない。ましてや、1週間後に亡くなるなんて、想像さえできない。

 ここ数日、時間を見つけてはプリンスのレコードを聴いているのだけど、残された音楽の放つ光がまばゆいほど、こうした亡くなり方をされると無常感が募る。「どうして?」と。

 オーディエンスの熱狂的な声援の中、ライヴは進行していく。ヒット曲では大合唱が起こり、「We Love You!」の声が飛び交う。そうしたリアクションを一身に受けて、プリンスはそれ以上のエネルギーをオーディエンスに投げ返す。ステージからたった一人で。

 改めて僕は無常感に立ち返ることになる。「どうして?」と。そして、ふと思うのだ。ファンの気持ちが過剰なのか?それともプリンス自身が過剰だったのか?わからないけれど、そうした関係性がプリンスの命を縮めたのではないか?こんなエネルギーの渦の中で生きていくのが楽なわけがない。でも、それはきっと僕の考え過ぎだ。このラスト・ライヴの内容があまりに素敵だから、そんな風に思ってしまったのだろう。感傷的になると、僕はつい考え過ぎてしまう。
 
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by sandfish2007 | 2016-04-25 08:56 | diary | Comments(0)

引き分け

 プリンスの訃報が届いた日に、ニュー・リリースをオファー中のアーティスト本人からメールがあり。まだ本決まりではないが、交渉は大きな進展を見せた。夜は都内へ。新たに流通をお願いする会社の皆さんとご挨拶。契約書を交わし、乾杯をした。別の仕事の依頼もいただき(こちらも本決まりではないけど)、楽しい話も聞けて、嬉しい夜となった。世界はつくづく同時進行だ。

 元スワンプウォーターのギブ・ギルボーが亡くなったことも昨日知った。カントリー・ロックを聴き始めたばかりの頃に知った彼らの2枚のアルバムは好きで、今もたまに引っぱり出しては聴いている。どうか安らかに。

 そんなわけで、振り幅の大きな1日だった。悲しいこともあれば嬉しいこともある。だからこそ、僕らはやっていける。そんな日にベイスターズはジャイアンツと延長12回で引き分けていた。ちょうどそんな気分だった。

 今朝はプリンスの『イマンシペイション』を聴いている。その偉大な仕事に改めて敬意を。僕もせめて自分に対して恥ずかしくない仕事をしたいと思う。
 
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by sandfish2007 | 2016-04-23 07:34 | diary | Comments(2)

プリンスに捧ぐ

 プリンスの死というあまりに衝撃的なニュースを受け、悲しい朝を迎えている。こんなとき一体なにを言えばいいのだろう?わからないけど、なにかを綴らずにいられないのは、誰かと悲しみを共有し、この偉大なアーティストに感謝と哀悼の意を捧げたいからだと思う。

 プリンスは、僕が同時代に出会った最も革新的なミュージシャンだった。『パレード』での異常なドラムの音を聴いたとき、新しい時代の扉がもの凄いパワーとエネルギーをもって開け放たれるのを感じた。その鮮やかさ。胸がすくような思いは、到底言葉にできるものではない。初来日は1986年。ひとりで学校帰りにダフ屋からチケットを買って観た。音楽だけでなく、視覚的にもすべてが新しかった。10年後に再び観たライヴも素晴らしかった。時代の中での立ち位置は変わっていたけれど、プリンスの本質である革新性は変わることなく、ミュージシャンとしてさらなる高みに達していた。

 訃報を聞いて、しばし茫然とした後、『パレード』をターンテーブルにのせた。朝日がきらきらと輝く中、ラストの「サムタイムズ・イット・スノウズ・イン・エイプリル」を2回聴いた。映画『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』でプリンスが演じたクリストファー・トレイシーの死をテーマにした、とても美しい歌だ。今はアルバムを最初から聴いている。やはりこのドラムの音は異常だ。今聴いても新しい。

 10代のときにプリンスの音楽と出会えて幸せだった。それからも聴きつづけてきて本当によかった。すべての作品を持っているわけじゃないけれど、大切な歌がたくさんある。だから、今はとても淋しい。
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by sandfish2007 | 2016-04-22 07:46 | diary | Comments(0)

love and mercy, tonight

 1週間前、ブライアン・ウィルソンのライヴを観に行った。それはブライアンのソロ公演というよりは、ブライアン・ウィルソン一座の公演といった印象だった。ブライアンの声は大分不安定になっていて、もう全編通して歌うことは難しそうだった。そこをブライアンを慕い尊敬する仲間達がバックアップしていく。ビーチ・ボーイズ時代のバンド・メイト、彼の音楽に影響を受けたミュージシャン達がブライアンを囲み、ヴォーカルを分け合い、鉄壁の演奏でブライアンが創造した美しいサウンドをステージ上で再現してみせた。

 ライヴは2部構成で、前半はヒット曲の他にもびっくりするようなレアな曲がいくつも演奏された。後半は今回のライヴの主旨である名作『ペット・サウンズ』の再現。アンコールでは全盛期のヒット曲をたたみ掛けるように披露した。僕は2階席の2列目で観ていたのだが、アンコールになると1階席は総立ちで大変な盛り上がりだった。エヴァーグリーンな曲がもつ力に、誰もが圧倒されたのだと思う。

 最後にブライアンが名曲「ラヴ&マーシー」を歌ったとき、この日のライヴのすべてを象徴しているように思えた。「世界は暴力にあふれ、人々は傷つき、やりきれない孤独を抱えている。今夜僕らに必要なのは愛と慈しみの心」。胸に温かい感情が広がった。この夜、ブライアンを中心に、バンドと観客が一体となって作り上げたのは、愛と慈しみに満ちた空間だった。ブライアン・ウィルソンという偉大な音楽家への尊敬と愛情が、このライヴを作り上げたのだと。

 ブライアンも今では73歳。老いからくる衰えは避けられない。そのことでライヴ中は複雑な気持ちにもなった。しかし、最後には嬉しい気持ちが残った。それはブライアンが音楽で僕らに与えてくれた愛を、僕らもまた愛でブライアンに返したからかもしれない。love and mercy, tonight.
 
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by sandfish2007 | 2016-04-21 08:25 | diary | Comments(0)

雨は降らないでほしい

 とてもいい天気。エリック・クラプトンの『461 オーシャン・ブールヴァード』をターンテーブルにのせた。晴れた日にぴったりのアルバムだが、ジャケットの空は白い。曇りだったのかな?

 コーヒーをひとすすり。大きく深呼吸。「プリーズ・ビー・ウィズ・ミー」が聴こえてくる。穏やかな朝の時間。熊本や大分やエクアドルにも、早くこうした日常が戻ってきますように。

 九州では熊本を中心に今も揺れづつけている。1日に100回ほどの地震だなんて、ずっと揺れているようなものだ。昨日は震度5強の揺れがあったという。安心して眠ることもできない。精神的なケアも必要だと思う。心配している。

 昔、サイクリングで阿蘇を訪れたとき、外はあいにくの雨だった。僕らはびしょ濡れで宿に到着し、そのまま連泊した。雨は2日間降りつづいた。高校の修学旅行で来たときは、今日のような青空が広がっていた。宿の窓を打ちつける強い雨を眺めながら、天気ひとつで随分印象が違うものだなと思った。

 こうしている間も九州は揺れつづけている。今、画面には熊本で震度3というテロップが出ている。天気予報を見る。今日の九州地方は晴れとのこと。しばらく雨は降らないでほしい。
 
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by sandfish2007 | 2016-04-20 08:14 | diary | Comments(0)