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Sandfish Records Diary

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お別れ

 鈴木カツさんのお通夜へ行って来た。礼服を着て家を出たとき、なんとも言えない重たい気持ちになった。斎場ではボブ・ディランが静かに流れていた。そして、懐かしい顔をたくさん見かけた。

 僕は末席に座り、最後の方にお焼香をした。遺影には、カツさんがディランに扮した写真が使われていた。『ナッシュヴィル・スカイライン』のジャケットを模したものだ。まさかこれを遺影に使うとは。

 焼香台には、来週発売される新刊『ルーツ・ミュージック・オブ・ボブ・ディラン』と、エリアコード615『トリップ・イン・ザ・カントリー』のアナログ・レコードが飾られていた。

 お経の後、カツさんに会わせてもらった。安らかな顔をしていた。亡くなる前の様子も聞けた。エリアコード615は、カツさんが家族に「聴きたい」と最後に伝えたレコードだったそうだ。

 お清めの席は早々に失礼して、友達2人と近くの居酒屋に入り、カツさんの話をした。もしカツさんがいなかったら知り合うことのなかったであろう人達が、僕らにはたくさんいる。

 帰宅してから、『ナッシュヴィル・スカイライン』をターンテーブルにのせた。30分ほどの短いアルバムだが、B面の途中で寝てしまい、気づくとレコードは止まっていた。静かな夜だった。ジャケットの中で微笑むディランが、なんだかカツさんに見えて仕方なかった。
 

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# by sandfish2007 | 2017-06-09 06:52 | diary | Comments(0)

 儚さを求めて蛍を見に出た。といってもすぐそこまで。徒歩2分ほどの谷戸の入口。いつも見れるわけではないのだが、幸いにして今夜は見ることができた。数が少ないから、ぽつぽつといる程度だったけど、小さく光る姿は、儚く、かすかな希望のようでもあった。

 すぐそばに蛍が生息しているというだけで、こんなにも心が豊かになる。もし今度行ったときに蛍を見れなくても、ここに蛍がいるのを知っているだけで、どれほど人の心は豊かになるのか…ということなのだと思う。

 ふらりと飛ぶ蛍。草むらで光る蛍。たったそれだけのことなのに。

 僕が育った町の近くに、瀬上の森と呼ばれる場所がある。そこは蛍のメッカだった。というか、そこに限らず、県道沿いのいたち川でも蛍を見ることができた。横浜市のはずれの話だ。

 開発は進む。僕が今住んでいる場所は、開発が進み終わった場所だ。そこに建っているマンションに僕は住んでいる。

 最近、瀬上の森の蛍(というか自然を)を守ろうとがんばっている人達がいるのを知っている。中には知り合いもいる。ありがたいと思う。でも、彼らにとって瀬上の森は日本中にある森のひとつに過ぎないのかもしれない。そういう人達は、ずっと残ってくれるのだろうか?旬が過ぎたらまた別の場所へ行ってしまうのではないか?そんな気持ちになってしまうのは、僕の心が小さいからだろうか?

 自然というのは、本当に大切だ。それは蛍だけの話じゃない。僕は瀬上の森をなくしちゃいけないと思う。さんざん自然をぶっこわして建てたマンションの住民だけれども。自分勝手にそう願っている。
 

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# by sandfish2007 | 2017-06-08 00:34 | diary | Comments(0)

サンフランシスコ・ベイ・ブルース

 慌ただしく1日が過ぎていった…気がする。でも、実際にはいつもと同じことをしていただけだった。何人かの友人と久しぶりに連絡を取り合ったから、そんな風に感じたのかもしれない。

 夕食のときには、ジャック・エリオットの『ジャック・テイクズ・ザ・フロアー』を聴いた。1曲目にジェシー・フラーの「サンフランシスコ・ベイ・ブルース」のカヴァーが収録されている。僕がこの曲を知ったのはポール・マッカートニーの『アンプラグド』でだった。その後、エリック・クラプトンがやはり『アンプラグド』で演奏しているのも聴いた。

 曲の骨格がしっかりしているからか、どのヴァージョンも全体の印象は似ている。聴いていて楽しいのがいい。ポールがお手本にしたのはジャックのこのヴァージョンだろうか。エリックのにはカズーも入ってるしジェシーの方かな。

 こんな風に聴き比べながら音楽の深さや繋がりを感じるのも、ルーツ・ミュージックを聴く醍醐味だと思う。

 このCDは鈴木カツさんからいただいたもの。ある朝に「ほら」と手渡された。しっかり聴けという意味だと思った。昨日のブログにはたくさんのアクセスがあった。いつもの3倍くらい。やっぱり慌ただしい1日だったのかもしれない。

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# by sandfish2007 | 2017-06-07 07:30 | diary | Comments(0)

カツさんに捧ぐ

 気持ちが落ち着かないので…。

 音楽評論家の鈴木カツさんが亡くなった。アメリカのルーツ・ミュージック、とりわけ白人側からのルーツ探求に関しては日本の第一人者だったと思う。

 ご縁があって、一時期親しくおつきあいをさせてもらっていた。歳は親子ほど離れていたが、よく一緒にお酒を飲んだ。そして、実によくお説教をされた。僕も黙って聞いていられないので、僕なりに気をつかいながら反論をしていたつもりだが、言い過ぎることも(よく)あった。カツさんがそれをどう思っていたかはわからないが、最終的には許してくれたのだと思う。だから、また飲みに出かけた。

 今はそんなことのひとつひとつが懐かしい。無責任な話だが、楽しかったことだけが頭に浮かぶ。もう何年もお会いしていなかったのには、それなりの理由があった気もするが、わだかまりはなく、いつでも会える気がしていた。病気をされてからも会うチャンスはあったはず。今はそんな自分の不義理を恥じるばかりだ。

 カツさんは面倒見のいい人だった。攻撃的になることもあったが、それはカツさんの繊細さがそうさせていたのだと理解している。

 もし出会った頃のカツさんと同じくらいの年齢になったとき、僕はカツさんのように後輩の面倒を見れるだろうか?同じようにはできなくても、少しはできるようでありたい。どうやればいいかは知っている。カツさんの真似をすればいいのだ。思えば、初めて会った日、1時間もしないで食事に連れて行ってくれた。…やっぱり同じようにはできないな。

 今はショックだし、とても悲しい。まだ気持ちが落ち着かない。だから、こんなことを書いているが、切りがない。お世話になりました。お別れに伺います。
 

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# by sandfish2007 | 2017-06-06 00:44 | diary | Comments(0)

酒場

 週末に馴染みの酒場を3軒まわった。友達が店をやっているというのはいいもので、なんの気兼ねなくドアを開けることができる。繁盛してれば嬉しいし、客が少なければゆっくり話ができる。

 そんな店が5軒ほどあり、僕はできるだけ平等に足を運びたいと思っている。だから、どの店も立ち寄れるのはひと月に1回か2回だ。安い酒しか飲まないし、安いつまみしか頼まないけど、今はこれが精一杯。

 いつかお金持ちになったら、もっとたくさん行って、いろいろ注文するのだ。サムデイ。

 酒場というのはいいものだ。カウンターに座れば少しほっとする。そんな年月を積み重ねている。

 最後に掲載情報を。1980年代に特化したエンターテイメント・サイト『Re;minder(リマインダー)』にU2『ヨシュア・トゥリー』のことを寄稿しました。この名作がリリースされて30年がたちました。ぜひ読んでみてください。ちなみに、僕が一番好きなU2のアルバムは、『ヨシュア・トゥリー』から始まった旅がひと回りした感慨にひたれる『オール・ザット・ユー・キャント・リーヴ・ビハインド』です。これでさえ17年前なんですね。

30周年の「ヨシュア・トゥリー」これから始まる場所への終わらない旅

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# by sandfish2007 | 2017-06-05 09:56 | diary | Comments(0)

恋の体当たり

 カセットテープな朝。FMラジオから録音したブリティッシュ・ロック特集。先輩が録音したテープを借りてダビングしたものだから、音がそこはかとなく歪んでいる。

 ビージーズ「ファースト・オブ・メイ」、ザ・ファウンデーションズ「イン・ザ・バッド・バッド・オールド・デイズ」、ザ・フー「ピンボール・ウィザード」とつづく。邦題で書くと「若葉のころ」、「恋の体当たり」、「ピンボールの魔術師」ということになる。

 恋の体当たりって…。やはり恋というのは、こう、勢いよくドーンと当たっていくべきなのだろうか?(砕けるかどうかはともかく)

 そういえば、僕の友達にもそんな奴がいた。なにをやるにしても体当たり。好きな女には猛烈アタック。それが僕の目には、相手の気持ちを考えていないように映った。そして、彼はそんな自分が好きなんだろうなと思っていた。つまり、自己愛が強いのだが、まぁ、若い頃なんて多かれ少なかれそういうところはある。

 で、結果を言うと、彼は好きな女の子とめでたくつきあうことになった。僕は他人ごとながら腑に落ちなかった。別の友達が「熱い男はモテるんだよ」と言うので、余計腑に落ちなかった。

 でも、どうやらそういうことらしい。浅い歴史とファウンデーションズがそれを証明している。恋は体当たりだ。
 

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# by sandfish2007 | 2017-06-03 07:25 | diary | Comments(0)

キープ・イット・シンプル

 テープレコーダーに合うACアダプターをリサイクル・ショップのジャンク・コーナーで購入。これで乾電池不要になった。今朝はケブ・モの『キープ・イット・シンプル』を。レコード会社がリリース時のプロモ用に配布したカセット・テープ。2004年にはまだテープも配っていたんだな。

 ワーナー・ミュージックがCDなどのパッケージ商品の小売販売・流通業務をソニー・ミュージックに委託することにしたそうな。もうパッケージの販売から手を引きたいのかな。

 音さがしをしていて感じるが、海外のインディーズ・アーティストは本当にCDを作らなくなった。作ったとしても簡易ジャケのCDRだったりする。何年も前からそうだが、いよいよ来るところまで来た感はある。

 うちは海外アーティストの新作CDをリリースしているので、死活問題だ。ひとまず、続けられるところまでは続ける。以前は先行き不安に悶々としたが、もうそういうのは越えてしまった。ちなみに、国内プレスはリスクが高くてできない。

 というわけで、ケブ・モの言う通り『キープ・イット・シンプル』。どんなことも難しく考えない方がいい。本質はいつだってシンプルだ。
 

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# by sandfish2007 | 2017-06-02 07:19 | diary | Comments(0)

2017年の「ソング・フォー・アダム」

 グレッグ・オールマンが亡くなり、ジャクソン・ブラウンの来日が決まり、ジャクソン・ブラウンがグレッグ・オールマンに追悼の言葉を述べたのが、この数日のこと。

 僕はといえば、今夜もグレッグの『レイド・バック』を聴いた。アナログ・レコードのB面1曲目にジャクソン作の「ジーズ・デイズ」が収められている。

 グレッグとジャクソンは、1960年代後半にに知り合い、友達になった。ふたりともまだ20歳前後だった。グレッグが『レイド・バック』の中で「ジーズ・デイズ」を録音したのは、その数年後のことだった。グレッグがスローダウンして感じ取れば、「曲は彼が歌う前よりも倍は良くなった」とジャクソンは言う。

 グレッグが亡くなる数日前、ジャクソンはグレッグと話をしたらしい。ふたりの友情はつづいていたのだ。ジャクソンは「彼の音楽や友情が僕にとってどれだけ意味があるか」を伝えたという。それができて本当によかったと思う。

 グレッグ・オールマンは、最近になって再びジャクソン・ブラウンの曲を録音した。「ソング・フォー・アダム」。プロデュースはドン・ウォズだ。「彼とドンは僕に歌うようにとそれを送ってきた。僕は歌ったよ。この曲、彼の歌い方やどんな状況で歌ったのか…人生の最後に…とにかく、彼は曲を完成させた。彼にしかできない奥深さと厳粛さを曲に与えていた」。

 音楽を通じた友情とは、かくも深いものだ。少なくとも僕には、特別に思えてしまう。

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# by sandfish2007 | 2017-06-01 00:01 | diary | Comments(0)

眠い

 慢性的な眠気でぼんやり過ごしている間に今日で5月もおしまい。なにゆえこんなに眠いのか?ひょっとして眠い眠い病ではないのか?(そんな病気はない)

 とりあえず体を整えてみよう。食事に気をつけ、酒を減らし、ストレッチをしよう。それでなにかが変わるかもしれない。でも、明日から。今日は眠すぎる。

 窓から入る風が心地よい。ジャクソン・ブラウンが10月に来日すると知り、『スタンディング・イン・ザ・ブリーチ』を聴いている。心にまっすぐ届く歌声は、眠気の中にいる僕を8ビートで揺らす。

 ただ眠いのだ。別に疲れてるわけじゃない。眠りは浅い。よく夢を見るし、3時間おきに目が覚める。だから、あまり寝た気がしない。

 「昔はいつまでも寝てられたなぁ」と思っていたら、夢でも同じようなことを思っていた。どっちが現実なのかよくわからなくなる。

 そういえば、暴力的な睡魔に襲われる男が主人公の小説を読んだことがある。きっと大変だったことだろう。僕の睡魔は優しい。優しいが長い。

 眠いからといって寝てばかりもいられない。それが大人というものだ。僕は大人なのだ。
 

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# by sandfish2007 | 2017-05-31 07:29 | diary | Comments(0)

今日もブログを書いている

 最近、コンテンツ・マーケティングという言葉を知った。どんなものかはよくわからないのだが、ネット広告のように商品を直接宣伝するのではなく、特定のページから人が喜ぶ情報を発信して、リピーターになってもらうことで、自然と商品も買ってもらえるようにする…といった、長い目で見た作戦らしい。

 だから、すぐに成果は出ないそうで、最低でも半年くらいは時間がかかると、あるサイトに書いてあった。「商売上手な人はそんなことを考えながらやってるいるのか」と感心してしまう。

 例えば、このブログは10年ほどつづけているが、果たしてここを読んでサンドフィッシュ・レコードのCDを購入したくなるだろうか?甚だ疑問である。例えば、とあるお店のブログを読んだら、なんとなく行った気になってしまい、かえって客足が遠のくことはないのか?あり得なくもない気がする。

 でも、ひとまず読んでくれている人には忘れられずに済むので、そのうちCDを買ってくれたり、お店に足を運んでくれるかもしれない。

 のんびりした話だし、どうやらコンテンツ・マーケティングにはなっていないようだけど、それはそれ。これはこれ。今日もこうしてブログを書いている。
 

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# by sandfish2007 | 2017-05-30 07:30 | diary | Comments(0)