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Sandfish Records Diary

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Crazy 'bout an automobile

子供頃から車が好きだった。ステアリングを握り、アクセルを踏み込んで、スピードを上げる。リズミカルにギアをトップまで上げていく。エキゾースト音が抜けるように静まり、車体がふっと軽くなるような感覚。それがトップスピードに入った瞬間だ。子供だった頃、僕はそんなことを毎日のように考えていた。学校が終わると友達とハイウェイの脇に腰掛けて、流れて行くたくさんの車を眺めた。仲間うちでは大きくてパワフルな車が人気だったけど、僕のお気に入りは、その間をくぐるようにして走り抜けていく小さな日本車だった。僕はその車をリトル・ホンダと呼んでいた。

 The Beach Boys "Little Honda"

高校生になり洒落っ気が出てくると、僕の興味はヨーロッパのスポーツ・カーへと移っていた。憧れは、映画の中でイギリス人のスパイが乗っていたシルバーのアストン・マーチンのオープン・カーだ。その車のポスターを部屋の天井に貼り、ベッドに寝転んでは、この車で街をかっこよく走る自分の姿を想像した。僕はこの街で噂の男。注目の的だ。信号待ちのとき、とびきりかわいい子が目に入ったので、声をかけた。彼女は映画スターを夢見ているのだと言った。僕は彼女にこう言った。「ベイビー、この車を走らせてみないか?君がスターになる前に、それくらいの時間はあるだろう?」

 The Beatles "Drive My Car"

大学生になった僕はアルバイトをして、初めて自分の車を買った。1969年製の中古のシボレーだった。車好きの仲間と自宅のガレージにこもり、チューンナップに余念のない日々。汗と焼けたオイルの匂いが体中に染みついていた。アルバイトがはけると、僕はハンドルを握り、毎晩、夜が明けるまで走りつづけた。ハイウェイはかっこうのステージだった。僕のシボレーは誰よりも速く走った。僕の前を走ることができる奴なんて、ひとりとしていなかった。いつしか僕は、ハイウェイのスターと呼ばれるようになっていた。

 Deep Purple "Highway Star"

永遠につづくと思われたハイウェイの日々も、いよいよ終わりを迎えようとしている。僕は学校を卒業し、この秋から就職することが決まっている。こんな風に自由でいられるのもあと少しだ。そう思うと、あんなに胸を熱くした路上のレースさえ、ひどく縁遠いことにように感じられた。今夜もセブンイレブンのパーキングロットには、車が続々と集まってきている。ひとりの男が僕に声をかけてきた。おそらく、何度か勝負をしたことがある男なのだろう。そいつはギラギラとした目で僕を睨みつけ、今にも揉め事を起こしそうな気配だ。しかし、僕はそいつが誰なのか、どうしても思い出せなかった。なんだか自分だけがひどく老け込んでしまったような気がした。そした、今夜が最後のレースなるだろうと思った。パーキングロットは、たくさんのエキゾースト音で溢れかえり、湿った夏の夜風が吹いていた。路上のレースには、ぴったりの季節だ。

 Bruce Springsteen "Racing in the Street"

僕が就職したのは、故郷から100マイルほど離れた大きな街の自動車工場だった。朝の7時から夜の10時まで、ベルトコンベアーで流れてくる部品のチェックをする。そんな毎日を続けていると、自分がいったい何を作っているのかわからなくなる。車だろうがなんだろうが、そんなことはどうでもよくなってしまうのだ。僕が扱うのはいくつかの部品だけ。唸るようなエキゾースト音も、瞬時に流れ去るハイウェイの景色も、今の僕には関係のない世界だ。それよりも早く帰って、眠りたいのだ。1日の仕事が終わると、僕はロッカールームに向かうため、巨大なガレージを通り抜ける。そこにはピカピカの車が並んでいる。長くて低くてがっちりとしたやつ。そのとき思い出すのだ。あぁ、僕はサンダーバードを作っているんだと。

 Bob Seger & The Silver Bullet Band "Makin' Thunderbirds"

ある夜、僕は荷物をまとめると、シボレーを駐車場に置きざりにしたまま、宿舎を飛び出した。もうこんな毎日はたくさんだ。もう車はたくさんだ。どこか遠くへ行きたい。誰も僕のことを知らない場所へ行って、一からやり直したい。これまで僕は、あまりに多くの時間を車のために費やしてきた。でも、今はそのすべてが虚しく思える。なのに、気づくと僕は、ハイウェイの脇に腰をかけ、どこへ行くでもなく、流れる車のテールランプを何時間も眺めて続けていた。月に照らされたハイウェイは、川面のように揺れて見えた。僕は暗く静かなゲートの下で眠った。そして、いくつかの夢にけりつけ、涙をひとつ落とした。

 Jackson Browne "Sleep's Dark and Silent Gate"

僕を拾ってくれたのは、1台のピックアップ・トラックだった。運転していたのは、先住民の血をひいたジェロニモという名の無口な男だった。彼は僕を乗せると、あとはひたすら走りつづけた。ハイウェイが終わっても、車をとめようとはしなかった。山を越え、谷を越え、荒れたダート道を進み、数えきれないほどの曲がり角を通りすぎた。そして、7日目にようやくたどり着いたのは、名もなき荒野だった。そこでは、1台のキャデラックが、静かに朽ち果てていた。「俺の車だ」とジェロニモは呟くと、ボンネットの上の砂を手ではらった。表情ひとつ変えなかったが、悲しそうだった。取り返すことのできない時間が、ジェロニモとキャデラックの間に横たわっていた。僕は置いてきたシボレーのことを思い出した。そして、早く家に帰りたいと思った。

 Michael Murphey "Jeronimo's Cadillac"

車は走る。夢を乗せて。夢破れた心を乗せて。すべてわかっている。たとえ置き去りにされても、車は走り続けているのだ。

(2011.10.15 "Voices Inside"「Crazy 'bout an automobile」@Bar Cane'sにてDJ&朗読)
by sandfish2007 | 2011-10-16 11:33 | diary | Comments(0)
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