店の扉を開けると、彼女の歌が聞こえてきたのは、至極当然のことだった。昨日、悲しい知らせが届き、僕はその店を訪れたのだ。
羊毛とおはな。この魅力的なアコースティック・ユニットを知ったのは、彼らがデビューする前、まだ結成して間もない頃だった。不思議な縁で(そもそも縁とは不思議なものだが)、2人は僕らが住む町の小さなバーでライヴをした。あの頃の僕らは夜な夜なその店に集まっていた。新しい出会いが毎日のように繰り返され、人と人が面白いように繋がっていく。そんな新鮮な空気の中で、羊毛とおはなは僕らの町にやってきたのだ。
彼ら2人に才能があることは明らかだった。僕らは彼らの音楽を愛し、彼らの可能性を信じた。彼らと僕らの間に親密な空気が流れるのに、さして時間はかからなかった。僕も含めて、個人的に親しい人が多かったわけではないかもしれない。しかし、ある時期の僕らにとって、その店で行われる羊毛とおはなのライヴには特別な意味があったし、それは彼らにとっても同じことだったと思う。
あれから10年ほどが過ぎ、2015年4月8日、ヴォーカルの千葉はなが亡くなったという知らせが届いた。乳癌だったという。享年36歳。
昨夜、その店の扉を開けると、彼女の歌が聞こえてきたのは、至極当然のことだった。仲間がひとり、またひとりと集まってきた。僕らはいつものようにお酒を呑み、想い出話をし、笑い合った。おそらく僕らは悲しみを共有したかったのだと思う。その間ずっと彼女の歌が流れていた。1時間が過ぎ、2時間が過ぎ、3時間が過ぎても、流れつづけていた。
MIYAI