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Sandfish Records Diary

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チェリッシュ

 僕が高校生だった頃、どうしても受け付けないものがあった。学校の先生、交通課の警察官、ワム!の「ケアレス・ウィスパー」と「ラスト・クリスマス」。

 そしてもうひとつ、クール&ザ・ギャングの「チェリッシュ」。

 嫌いなものが同じだと、好きなものが同じである以上に人を結びつける場合がある。それは共通の敵がいると人が結束しやすいのと、少し似ているかもしれない。

 出席番号がひとつ後ろだった彼は、まさにそんな男だった。先生と警察を毛嫌いし、ワム!はかつて好きだったらしいが、もう「足を洗った」と言っていた。残るは「チェリッシュ」である。ある日、僕がそれを訊ねると、彼は即答した。「でぇーきれぇーだよ(大嫌いだよ)」。僕らはがっちりと握手し、高らかに笑い合ったのだった。

 それにしても、なぜここまで「チェリッシュ」を嫌う必要があったのか。甘ったるいメロディーと自己陶酔したヴォーカルに吐きそうだったとか、多少の悪意を込めて理由を語ることは可能だろう。けれど、そんなものは後付けにすぎない。僕はただ嫌いだったのだ。そこに理由などないのだ。

 「チェリッシュ」にしてみれば不条理な話だろうけど、嫌いなものはしょうがないし、こんな僕がどう思おうと「チェリッシュ」は痛くも痒くもないのだから、別に構わないのだった。というのも、「チェリッシュ」は大ヒットしたのだから。全米1位こそ逃したものの、何週間も2位にとどまり、ゴールドディスクを獲得し、今でも結婚式などで歌われている。つまり、世界中で愛されているのだ。

 そんな大ヒット曲だからこそ、なにかにつけ耳にする機会が多く、その都度僕の神経を逆なでることとなった。家族とレストランで食事をしているとき、友達と麻雀をしているとき、パステルカラーの服を買おうと店に入ったとき、えとせとら、えとせとら。誰も気にしていない様子だったが、僕はよく覚えている。あの「チェリッシュ」は、所構わず本当によく流れていた。

 極めつけは18歳の春だった。無事高校を卒業した僕は、前述の友人を誘って箱根までキャンプに出かけた。しかし、残念なことに外は雨。僕らは寝袋に入り、暗いテントの中で会話も途切れがちだった。

 キャンプ場には、僕らの他に大学生のパーティーが一組いるだけだった。彼らは酒を飲んでおり、盛り上がってくると、持ち込んだラジカセで僕らの耳にも馴染みのある洋楽をかけ始めた。その時だった。甘ったるいイントロ、女々しいメロディー、ねっとりとした歌声、一瞬にして虫酸が走った。こ、これは…、

 「チェリッシュ」じゃねーか!

 僕らは同時に大きな声でそう叫んだ。まったく、語尾も乱暴になるというものである。まさか箱根のキャンプ場まで追いかけてくるとは。そしてすぐに僕らはクスクスと笑い出した。何がそんなにおかしいのか自分達でもわからなかったが、とにかく笑いが止まらない。もう「チェリッシュ」はとっくに終っていたけれど、僕らは笑い続けた。眠るまでずっと笑い続けていた。

 数年前、その友人の誕生日に、当時のヒット曲を集めたCDRをプレゼントした。友人はそれを受け取るとき、こういった。「もちろん「チェリッシュ」は入ってるよな?」。当たり前だろ。

 今も昔も嫌いな曲「チェリッシュ」。でも、この曲を聴くと楽しかった想い出が蘇る。そして、おかしくて笑いが込み上げてくる。音楽とはつくづく摩訶不思議なものである。
 

by sandfish2007 | 2018-08-10 07:24 | diary | Comments(0)
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