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Sandfish Records Diary

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2011年 08月 22日 ( 1 )

スクール・デイズ その2

<Graham Parker “BACK TO SCHOOLDAYS”>

夏の夕立はいつだって突然だ。
僕は入社2年目で、この日、営業まわりをしていた。
さっきまであんなに晴れていた空が急に暗転し、
雷の音が聞こえたかと思ったら、
激しい雨が降り出したのだ。

僕は二車線の道路を渡ろうとしていたところだった。
横断歩道のちょうど目の前に、
シャッターの閉まった古い商店があったので、
僕はそこの軒下に逃げ込んだ。
そして、濡れたシャツをハンカチで拭きながら、
しばらくの間、
薄闇に染まりだした空が、夏の雨に煙っていくのを、
ぼんやりとながめていた。

道路を渡ったちょうど真向かいに、
僕と同じように雨宿りをしている女の人の姿が見えた。
それが「彼女」であることに、僕はすぐに気がついた。
かつての長かった髪は短くカットされ、
細い体形はよりほっそりとしていたけれど、
立つときに右足を少し下げる姿勢と、顎をひく仕草は、
昔のままだったから。

中学3年の夏、僕は彼女に恋をしていた。
初めて二人で出かけたのは、8月のお盆を迎える少し前だった。
彼女は淡いグリーンのワンピースを着て、
待ち合わせの場所に立っていた。
それまで制服姿しか見たことがなかったから、
やけにどきどきしたのを覚えている。
確か、僕らは電車に乗って、
港が見える公園まで出かけたのだ。
よく晴れた日で、暑くて、街はまぶしい光で溢れていた。
僕らは夏の強い日射しを浴びながら、
ただただ歩きつづけた。
歩きながら、学校でのこと、進路のこと、
共通の友達のこと、好きな音楽のこと等を話した。
でも、会話はどうしても途切れがちになり、
その都度、沈黙が訪れてしまうのだ。
僕らふたりの間には、こぶしひとつくらいの隙間があいていて、
そこを夏の風が通り抜けていった。
お腹はほとんど空かなかったから、
大きな中華マンをひとつ買って、ふたりで分けて食べた。
夕立にあったのは、そんなときだった。

突然の激しい雨だった。
少し先にレンガ造りの倉庫が見えたので、
僕らはその軒下へ走った。
彼女は、まだ食べかけ中華マンを手に持っていたはずだが、
途中で落としてしまったようだった。
遠くで雷の鳴る音がし、
地面を打つ雨音は、さらに激しさを増していた。
気がつくと、僕らはぴったりと体を寄せ合って立っていた。
濡れたシャツ越しに、彼女の体温がはっきりと伝わってきた。
彼女はいつものように右足を少し後ろに下げて立ち、
顎をひいたまま、じっと黙っていた。
僕はなにか話しかけようとしたけれど、
なにをどう話したらいいのかわからないまま、
彼女の肩から伝わってくる温もりを、
夕立があがるまで、感じていた。

あれから10年がたち、今また夕立が降っている。
そして、道の向こうでは彼女が立っている。
彼女が僕に気づいているかどうかは、
この距離だと、はっきりとはわからなかった。
こちらを見ているようにも思えたが、
定かではない。
雨がやむまでに、信号は青に変わり、また赤になった。
そんなことを何度か繰り返した後、
唐突に雨は上がり、夕立の後の涼しげな風が吹き始めた。

車の往来が止まり、歩行者用の信号が青に変わった。
僕は、ゆっくりと横断歩道を渡り始めた。
向こうからは、彼女が歩いてくるのが見えた。
彼女も僕のことを見ているのが、はっきりとわかった。
僕らの距離は少しづつ縮まっていった。
そして、手が届くくらいになったとき、
僕らは、何も言わずにすれ違った。

なにか話しかけようとはした。
でも、僕はなにをどう話しかけたらいいのかわからなかった。
よく晴れた日の突然の夕立。
雨上がりのきらきらと輝く横断歩道。
なんだか、すべてが10年前のあの日のようだった。

<The Kinks “SCHOOLDAYS”>

(2011.8.20 "Voices Inside"「スクールデイズ:青春編・夏」@Bar Cane'sにて朗読)
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by sandfish2007 | 2011-08-22 10:27 | diary | Comments(5)